人物紹介 / 于吉


于吉

演義にて許貢の食客に襲われて負傷し療養中の孫策が難癖をつけて処刑したことで知られる道士。
しかしその後、孫策は于吉の亡霊にうなされるようになって衰弱死している。

フレーバーテキストに書かれている、雨を降らせたという逸話から旧三国志大戦では降雨や水禍の計など水にまつわる計略の使い手だった。
今回は「孫策を呪い殺した」という呪詛の方が採用されたようである。

正史では陳寿の本文には登場しないものの、裴松之は『江表伝』『志林』『捜神記』と言った資料から採用している。
それらの記述を大まかに纏めると、配下の者たちが自身を差し置いて于吉を崇めに行ったことに怒り、
「人心を惑わす胡乱な輩」として処刑したというところである。
もっとも、孫堅が張角の黄巾党や陽明皇帝を名乗った許昌という宗教勢力を討伐している他、
孫策自身も劉繇との戦いで仏教勢力の笮融と交戦しているため、宗教勢力に対して警戒心はあったのかもしれない。