人物紹介 / 呂岱


呂岱

96歳まで生きたという超長生き武将。
正史に名を残し生没年が明らかな人物としては三国時代随一の長寿を誇り(廖化は生年が不明とされる)、
その生年とされる161年はなんと劉備と同年である。
ただし、孫権に仕える以前の事績について詳しくは書かれていない。
孫権軍の将として初めて正史に明確な事績が残っているのは211年、この時すでに50歳という超大器晩成の男である。

三国鼎立後は主に南方で活躍しており、南方の反乱軍を討伐した他、
交州を治めていた士燮が没すると、跡を継いだ士徽の反乱も防いだ後に一族を処刑して交州を平定する。

二宮の変では孫覇派に属しており、246年に孫覇派優勢な人事改変が行われると上大将軍に昇進している。
孫権が没する頃には90歳を超えていながら呉の大長老として活躍し、「呂侯」と敬称されていた。
孫亮が皇帝となると大司馬に任じられるが、数年後に大往生を遂げている。

裏書通りの質素を重んじる性格により、自分の葬儀も質素に行うよう遺言していたというが、
質素好きかつ仕事に真摯すぎたため、任地からろくに仕送りをせず一族に貧しい生活を強いてしまうこともあった。
孫権はこれを知ると、当人ではなく臣下たちに、彼の家族への支援を毎年欠かさぬようにと指導したという。