人物紹介 / 張昭


張昭

演義を始めとした創作においては、孫策の招聘を受けた時点ですでに老人の姿で描かれたりしているのだが、実は曹操よりも少し若い。
某動画サイトでは孔明に訳の分からぬことを言われて真っ先に論破されるMADで有名なおじいちゃん。
コーエー三国志では常に政治力95越えの呉の名政治家。最近の作品ではだいたい張紘と一緒に孫策に仕えてくる。

彼の活躍は主に孫呉の内政面で、孫策時代では揚州の不安定な情勢を収める為に民や豪族たちの間で奔走し、
時には自身が軍を率い内乱を鎮圧するなど、八面六臂の大活躍を見せている。
孫権時代でもその内政手腕は変わらず、我の強い地方豪族と孫呉政権の橋渡し役を見事にこなしている。
その名声を慕って孫呉で働いた知識人も少なく無く、魏でいう荀彧・荀攸にも匹敵する文官・参謀の元締めの一人。

孫策が臨終の際には周瑜とともに孫権の後見を頼まれており、その際に
「仲謀が君主の器じゃなかったら、あなたが後を継いでくれ」
という劉備が諸葛亮に語った遺言のようなことを話している。

幸い孫権のことは君主の器として認めたのか彼にとって代わることはなかったのだが、
酒宴の席で暴れたり、軽装で虎狩りに勤しむ孫権に対して度々苦言を呈しており、
忠告を無視した結果、子供じみた大喧嘩に発展するケースが後を絶た無かった。

特に有名なのが公孫淵への対応についての逸話で、あらましは以下の通り。
→孫権と張昭で意見が対立するも孫権が聞き入れない。
→献策が聞き入れられなかった事に腹を立てた張昭が病と称して引きこもる。
→孫権、門外を土で埋めて閉じ込める嫌がらせ。
→対して張昭、門の内側も土で埋めて対抗。
→結局、張昭の献策が正しく孫権謝罪。
→謝罪されたのに張昭が引きこもり続ける。
→業を煮やした孫権、張昭の屋敷に火をつける。
それでも籠り続ける張昭。
孫権、慌てて消火。
→結局、張昭の息子達が引きずり出して、孫権が謝罪して和解。
あまりの寸劇に、一部では孫権と漫才コンビとまで言われている。

孫策から後事を託されていたこともあって、呉において真っ向から孫権に意見できる数少ない人物であったが、
やがて張昭が死ぬと、ブレーキ役のいなくなった孫権は暴走し、後継者問題で失政を繰り返すことになる。

大戦シリーズにおいては代々呉に伝わる「防柵再建」の初代所有者。
当初はなんとRでの登場で、再建爺さんと呼ばれ流星デッキ麻痺矢デッキなどで使用されていた。