人物紹介 / 張昭


張昭

演義を始めとした創作においては、孫策の招聘を受けた時点ですでに老人の姿で描かれたりしているのだが、実は曹操よりも少し若い。
某動画サイトでは孔明に訳の分からぬことを言われて真っ先に論破されるMADで有名なおじいちゃん。

孫策が臨終の際には周瑜とともに孫権の後見を頼まれており、その際に
「仲謀が君主の器じゃなかったら、あなたが後を継いでくれ」
という劉備が諸葛亮に語った遺言のようなことを話している。

幸い孫権のことは君主の器として認めたのか彼にとって代わることはなかったのだが、
酒宴の席で暴れたり、軽装で虎狩りに勤しむ孫権に対して度々苦言を呈しており、
忠告を無視した結果、子供じみた大喧嘩に発展するケースが後を絶た無かった。

特に有名なのが公孫淵への対応についての逸話で、あらましは以下の通り。
→孫権と張昭で意見が対立するも孫権が聞き入れない。
→献策が聞き入れられなかった事に腹を立てた張昭が病と称して引きこもる。
→孫権、門外を土で埋めて閉じ込める嫌がらせ。
→対して張昭、門の内側も土で埋めて対抗。
→結局、張昭の献策が正しく孫権謝罪。
→謝罪されたのに張昭が引きこもり続ける。
→業を煮やした孫権、張昭の屋敷に火をつける。
それでも籠り続ける張昭。
孫権、慌てて消火。
→結局、張昭の息子達が引きずり出して、孫権が謝罪して和解。
あまりの寸劇に、一部では孫権と漫才コンビとまで言われている。

孫策から後事を託されていたこともあって、呉において真っ向から孫権に意見できる数少ない人物であったが、
やがて張昭が死ぬと、ブレーキ役のいなくなった孫権は暴走し、後継者問題で失政を繰り返すことになる。