曹操と環夫人の間に生まれた子の一人で、曹沖の同母弟。曹魏の五代目皇帝・曹奐の父。
甥に当たる曹叡とは歳が近く親友の間柄で、曹叡が皇帝に即位すると燕王に封じられ、皇族の中でも特に厚遇される。
曹叡が病に倒れると大将軍に任じ、夏侯献、曹肇、曹爽、秦朗ら一門で曹芳を補佐するよう頼まれるが固辞している。
これが仇となり、劉放と孫資によって曹爽以外の3人と共に免職となり、政治からは遠ざけられる。
その後、子の曹奐が皇帝に即位したことで皇帝の父という立場になるが、自ら「臣」と称し息子に仕える姿勢を見せたので、
曹奐は過去の事例を調べ上げた上で父に対する特別待遇を設定している。