人物紹介 / 諸葛瑾


諸葛瑾

「呉に仕えた諸葛亮の兄」として、一般的には知られる人物。
諸葛亮が有名すぎるために影に隠れがちではあるが、呉の大将軍に任じられるなど軍才もたしかである。
ただし弟と同様、作戦立案は得意だが臨機応変な戦術は不得手だったと言われている。

孫権からの信頼は絶対的なものがあり、フレーバーに書かれる通り内通を疑われても、
私と子瑜は終生の仲を誓っている。子瑜が私を裏切らないのは、私が子瑜を裏切らないのと同じだ
と孫権自ら答えたという。
また、赤壁の戦いに際して諸葛亮が劉備軍の使者として現れると諸葛亮を引き抜けないかと打診されたが
私が殿を裏切らないように、弟も劉備を裏切らないでしょう
と言って断った、という話もある。
尚、諸葛亮とは文書を通じて交流はしていたようで、跡継ぎが生まれないことを悩んでいることを諸葛亮が告げると、
次男の諸葛喬を養子に出している。

張昭を筆頭に直言の士が多かった孫権軍にあって、彼は主君の性格をよく心得ていたとされ、
提案や諫言を行う際も直接叩きつけるのではなく穏やかに諭すように言い、
また孫権の機嫌が悪い時などは、一度引き下がり日を改めて再度諭すことも度々であったという。

面長な顔立ちだったようで、孫権が酒席で一頭のロバを連れて来ると、額に諸葛子瑜と書いてからかったという逸話が知られている。
この逸話には続きがあり、まだ幼い長子の諸葛恪が、諸葛子瑜の下に之驢と書き足して、まんまとロバをせしめてしまう。
彼の才気煥発さを示すエピソードである。