人物紹介 / 諸葛恪


諸葛恪

諸葛瑾の長男。知力面については幼少の頃から実力を発揮しており、
孫権が酒席でロバの額に諸葛子瑜と書いて父をからかうと、二文字書き足したいと申し出る。
書き足して諸葛子瑜之驢とすると、孫権に気に入られそのロバを賜っている。

しかし性格面は父や叔父に似ず傲慢で対抗意識が強く、費褘や張昭と口論した話が知られている他、
父からは「コイツは頭が良すぎて家を滅ぼすだろう」と予見されたり、
諸葛亮や陸遜から「その傲慢な性格をどうにかしろ」と注意されたりしている。
ちなみにおべっかを使うことには長けていたようで、孫権に「お前の父と叔父とどっちが偉いか?」と聞かれると
「仕えるべき主君をわかっている父のほうが偉い」と答えて孫権に気に入られている。

二宮の変が終結し孫亮が太子になると、孫峻の推挙もあって実権を握る。
(フレーバーテキストに書かれる不仲な家臣を返り討ちにしたのも、孫峻の協力が大きい)
孫権が崩御し孫亮が即位すると、内政では善政を布いて民衆の支持を得、
軍事では合肥を攻める布石として東興に砦を築き、攻めてきた魏軍を返り討ちにする戦果を上げている。
ところが東興の勝利で増長してしまい周囲の反対を押し切って合肥新城を攻めるが、敗北して人心を失ってしまう。
尚も自分の権力に固執したが、かつて自身を推挙した孫峻によって暗殺されてしまう。
さらに自身と弟・諸葛融の一族も連座して処刑され、かつて父が危惧したとおり家を滅ぼしてしまっている。

コーエーの三國志シリーズでは対抗意識の強い性格を反映してか、
90近くという高い知力を持ちながらも性格が猪突というチグハグな設定にされている。