人物紹介 / 諸葛亮


諸葛亮

劉備が三顧の礼で招聘した大軍師。おそらく字の「孔明」の方が知名度は高いであろう。
カードイラストでも描かれているような羽扇と綸巾という姿がよく知られている。
また身長は八尺と記され、武官たちにも劣らぬ堂々たる体躯を有していたとされる。

軍事、政治のみならず発明家でもあり、輸送道具の木牛・流馬や元戎という連発式の弩を開発したことは正史にも書かれている。
後世においても智謀の士の代名詞として名高く、日本の戦国時代における智将・竹中半兵衛が「今孔明」と呼ばれたとされる。

三国志演義や後の創作作品の影響で、奇襲・奇策を得意とした『名軍師』としての印象が強いが、
実際には奇襲奇策の類はほとんどせず、地味で堅実な策が多かったとされ、采配における目立ったエピソードもあまり無い。
陳寿を始めとした人物評でも臨機応変な軍略が得意ではなかったとされ、軍事面における評価は賛否が分かれている。
ただし、唐代に太公望が武成王に封じられると武廟十哲という共に祀られる10人の名将に三国時代からは唯一選出されており、
(少なくとも唐代においては)三国時代において最高クラスの将軍とされていたのは間違いないだろう。

一方、流浪の侠客に過ぎなかった劉備を皇帝の座まで押し上げ、魏・呉と並ぶ勢力にまで育て上げた戦略・政治手腕は
非常に高く評価されており、後世の人物評における孔明の評価も政治家としての才を絶賛したものが非常に多い。
劉禅の絶対的な信任があったとは言え、劉備死後の蜀を実質的な独裁者としてまとめ上げた手腕は並大抵ではなく、
彼の死後、急激に蜀が衰退した原因が内政や政治面の腐敗であることから考えても、蜀における政治面での重要性の高さが伺える。

自分ができることは自分でやらなければ気がすまないところがあったようで、正史において北伐の時期に司馬懿が
「(孔明は)早朝から深夜まで働きづめで、食事はろくに摂らず、軽い刑罰も自ら裁いていた」
という蜀の使者からの話を聞いて「孔明は近いうちに死ぬぞ」と予見したとされる。
実際、このような働き方をしていてはいつ過労死してもおかしくないだろう。
(が、享年は54と当時にしてはさほど早死ではなかったりする)

計略名の「八卦の軍略」は三国志演義に出てくる陣形だが、詳しいことは分かっていない。
他に「八卦陣」「八陣図」「八門金鎖の陣」などの呼び名もあるが、同じ陣形なのか、類型の別陣形なのかも不明。
八卦とは八角形を方位などに見立てて吉兆を占う中国伝来の占い、及びそれに用いる図のひとつで、
八角形の陣の中心に陰陽の勾玉が据えられた後天図はファンタジーや占いで見たこともある人もいるだろう。
陣自体も休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門からなる陣があり
生・景・開門は吉、 傷・休・驚門は痛手を負い、社・死門は攻めれば必ず滅亡するとされる。
諸葛亮はこの陣を改良したと言うが、おそらく徐庶がこの陣を使った曹仁をあっさり破った方が有名だろう。
映画「レッドクリフ」では非常にエクストリームな陣形として金城武氏演じる諸葛亮が運用している。

吉川英治は諸葛孔明を三国志後半の主人公と定義しており、彼の死を以て物語を終わらせている。
(一応、孔明死亡〜晋による三国統一まではダイジェストとして書かれてはいる)
これを踏襲してか、北方謙三版など後発の作品でも諸葛亮の死までで終わらせている物が存在する。

天下の大奇才というイメージからか、各種創作において奇抜なキャラ付けをされる事が多い人物でもあり、
コーエーの『真・三國無双』シリーズでは、謎のビームを発射して敵をなぎ倒す軍師として名を馳せた。
さんぽけで同シリーズとコラボした際、こちらのSR諸葛亮も実際にビームを発射してしまった。