人物紹介 / 十常侍


十常侍

霊帝期に朝政を牛耳っていた、中常侍に就いていた宦官たちの総称。
史実では張讓、趙忠、夏─郭勝、段珪、孫璋、畢嵐、栗嵩、高望、張恭、韓悝、宋典の12人を、
演義では張譲、趙忠、夏─郭勝、段珪、封諝、曹節、侯覧、蹇碩、程曠の10人を指す。

このうち特に霊帝から信頼されていたのは張譲と趙忠で「張譲は我が父、趙忠は我が母」とまで評されている。
霊帝の没後、袁紹が宦官誅殺のため宮中に兵を率いて乗り込むと張譲は劉弁、劉協を連れて逃げるが、
逃げ切れないことを悟ると二人をおいて川に飛び込み自害してしまっている。
(その後に董卓が現れ、二人を保護している)

旧版の三国志大戦では李傕、郭汜など複数名で1枚のカードだった人物がそれぞれ独立している中、
新版になっても全員で1枚のカードにされている。
さんぽけや義勇ロードでは「十常侍」の名でイラストの中心に描かれている宦官が登場するが、
役回りとしてはおそらく筆頭格の張譲に相当するとみられる。

三国志も含め中国史上で宦官と言えば、陰謀と権力闘争ばかりの佞臣・小悪党というイメージが強いが、
蹇碩は宦官でありながら身体壮健で武勇に長け、霊帝から西園八校尉の筆頭に任じられているほか、
後には軍権を掌握し戦に明け暮れ、『水滸伝』でも民を苦しめる大悪人として描かれた童貫(北宋)、
靖難の変で武功を上げ、遠洋航海部隊を指揮してアフリカまでたどり着いた鄭和(明)、
八卦掌を創始し皇帝の武芸指南役にまで抜擢された董海川(清)、といった武の人物も名を残していたりする。
また、文の面でも『史記』を書き上げた司馬遷(前漢)や、紙の製法を確立した蔡倫(後漢)など、真っ当な方向で名を残した人物も存在する。

「SWEET三国志」においては、エッチなグラビアを見ても何も感じず、取っておいた自分のチ○コを見て「むなしい」と嘆く蹇碩の姿があるが、
宦官の描写としては割と正確ではある。
宦官は切り落とした自分のチ○コを、死ぬ間際には自分の肉体に再び縫い付けないといけない。
これをもし破ろうものなら「騾馬に生まれ変わる」と言われ、場合によっては他人の切り落としたチ○コを買ってでも縫い付けねばならないのだ。
その為防腐処理を施した自分のチ○コを大事に保管していたそうである。

また、十常侍に限らず宦官は三国志大戦においてオカマ口調で登場するが(十常侍以外では蜀の宦官・黄皓が登場している)、
これは睾丸を切除された結果、男性ホルモンの分泌が減ることで声のキーが高くなるのを再現した結果と思われる。
(ヨーロッパではこの特性を利用して高音域を長時間発生できるカストラートという歌手が存在した)
さらに、ヒゲも生えなくなるため、前述の袁紹による宦官誅殺作戦ではヒゲの無い者を狙うよう指示が下っており、
宦官ではないのだがヒゲが薄かったために誤って殺されてしまった者も多くいたという。