人物紹介 / 甘夫人


甘夫人

天然な雰囲気を醸し出す劉備の嫁1号にして劉禅の母。三国志大戦旧作では甘皇后名義で登場していた。
『夔州府志』には、甘梅という名であったと記されている。
正史では生家の身分の差から麋夫人が正室、甘夫人が側室とされているが、
阿斗(後の劉禅)の母であり、後に皇后の名を貰うためか、
演義ベースの各種創作では生前から甘夫人の方が上の立場になっていることが少なくない。
なお皇后の名を与えられたのは劉備没後のことであり、諡が無いため本姓のまま皇后の名を持つと言う中国史上でも珍しい女性だったりする。
(諸葛亮が「昭烈皇后」という称号を追贈してはいるが、あくまで「昭烈帝(=劉備)の皇后」の意であり厳密には甘氏自身の諡とは呼べない)

劉備は麋夫人以前から正妻を娶っていたとされるが、流浪の末に死去したかはぐれてしまったかで記録には残っていない。
そういった経緯もあって徐州時代にはすでに甘夫人が劉備の妻としては最古参となっており、
身分こそ側室のままであったが奥向きのことは全て彼女が取り仕切っていたという。
出自が貧しいためか倹約家で、劉備は豪華な玉像が好きであったが甘夫人がその奢侈を戒めたという逸話が残っている。

様々な三国志作品では劉備の嫁として大体彼女のポジションにあたる女性が用意されている。
聖人君子として描かれる劉備に側室がいることは近現代日本の価値観にそぐわないためか、
横山三国志のように麋夫人と統合される(=長坂で死ぬ)ことも珍しくない。
麋夫人が別に存在する場合も、阿斗を生む時以外は大体空気でいつの間にか死亡したことにされていることが多く、
気丈で健気な散り際を見せる麋夫人との対比で、慈悲深いが気弱で病弱というキャラ付けをされることも。
正史でも赤壁直後、劉備が現在独り身であると知った周瑜らが孫姫(孫尚香)との政略結婚を画策することから、甘夫人はここまでに亡くなっていることが明らかと言える。
アニメ版横山三国志では香蘭という名前で登場。初登場はガチ幼女で劉備とは読み書きの先生と生徒という関係だった。(流石に手を出したのは成長してからだが)

大戦では劉備とお互いに「劉ちゃん(玄徳ちゃん)」「甘ちゃん」と呼び合うほどの仲睦まじい姿を曝け出してくれる。
このちゃん呼びだが、さんぽけのシナリオで劉備から呼び始めたことが判明した。
DS版大戦・天でR劉備が「甘ちゃん」呼びをしたことにある意味衝撃を受けたプレイヤーは多いが、絵師もキャラ付けも違うとはいえ それが劉備から始まったことだとは…。