人物紹介 / ホウ統


龐統

「臥竜」諸葛亮と並んで「鳳雛」と称えられた天才軍師。
ただし醜男だったため諸葛亮や司馬徽と言った彼をよく知る人物以外からの評価は低く、劉備ですら仕官当初は閑職をあてがった程である。
演義では劉備に仕官する前に孫権とも面会したが、あまりの不細工ぶりに仕官拒否をされたという話まで付け加えられている。

フレーバーテキストの彼のセリフは、吉川英治版三国志で
劉備が蜀に入った後、漢中の張魯に背後を取られ、同行し軍師を務めた彼が攻略のために3つの策を授けたということにちなむ。
平たく言うと1つ目は、一直線に蜀の首都の成都まで突っ込み背後は荊州にいる諸葛亮や関羽に任せてしまう。
2つ目は自領の荊州へ帰ると言って前線基地である涪水関の守将が挨拶に来たところを暗殺して基地を奪う。
3つ目は本当に荊州に帰って守りを固めることで、この策が下計(下策)扱いされている。
劉備が選択したのは、何気に悪人がやりそうな手口の2番目の策であった。

また龐統は人物評論を好んだが、彼の評はいつも評論対象の者を褒め称えるものであった。
さすがに過大評価ではと疑問に感じたある者に理由を尋ねられたところ、
「こんな乱れた世なのだから、褒めすぎるくらいの評価をして名誉欲を満たしてやらねば善人は増えない」
「志ある者に希望を与え努力させるため」
との意見を返している。

落鳳坡で劉備と間違えられて張任に討ち取られたというのは演義での話だが、
雒城攻略中に陣没したことは事実らしく、後に蜀漢が建国されると漢の人臣としては第二位に当たる関内侯の位を贈られている。