心情と恋愛の狭間

 血液型性格判断は広く市民権を得ているように思われるが、二人きりになった時にこっそりと聞いてみると、内心でくだらないと思う人も多いようだ。  そもそも根拠が薄弱なのだから、考えてみれば当然のことである。  しかし、「冗談が分からない堅物」という印象を持たれるのではないか、という恐れから、なかなか表立った批判は口に出せないのが、悲しむべき現状と言える。  まして、好意を寄せる異性が血液型の話をしてきた時に反論することは、心情として極めて難しいと言えるだろう。  愛する異性が迷信に囚われているのは心苦しいものだ。  ひとこと言ってやりたい気になるのは当然である。  しかし実際には、上っ面だけ話を合わせて、いざ陥落させてから「釣った魚に餌はやらぬ」とばかりに、実は全く信じていないことを告白する例が大半と思われる。  なぜなら血液型性格判断のくだらなさを証明するどのような理屈もいざ信じている相手の耳には全く届かないからだ。  馬鹿正直に正論を吐く必要は全くないのだ。  恋愛において血液型性格判断を受け入れている「フリ」をすることは不誠実な行為ではない。  妄想を打ち砕いてやる時間は将来ゆっくりと取ればいいのである。  

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  • 出会い系サイトで女性のプロフィールを見ると、たまに「〜型の人ごめんなさい」という失礼なことを書いている人がいます。異性を選ぶときにこうやって差別するのは問題ですね。 -- 2004-11-27 (土) 22:20:36