SS / 木乃香と刹那


88 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:36:54 ID:zscI8XgQ0
前スレでエヴァたんを拷問していた者です。
龍宮スレでスマソですが、木乃香が暴走した原因をSSにしました。
虐めシーンは少ないですが、御容赦ください。

>>8を基本にしていますが、
エヴァ様…土の中から脱出するも、ネギに捕まって拷問中 と変更しています。
もっとも、今回のSSはエヴァ様が悲惨なことになるずっと前の物語です。

90 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:38:56 ID:zscI8XgQ0
きっかけはささいなことだった。
近衛木乃香が籍を置く麻帆良学園女子中等部で、奇妙な遊びがはやっていた。
それはクラスの特定の生徒を、週替わりで無視したりからかったりすると云うもので、
言い換えれば「いじめ」と云うことになる。どんな組織にも集団にも起こりうる現象だ。
木乃香の属する女子中等部3年Aクラスでのそれは、
他のクラスの「現象」に比べてさほど酷いものではなかったが、
それでも「いじめ」であることには違いない。

決して近衛木乃香当人が意図したわけではない。
意図したわけではないのだが、近衛木乃香は、この現象と深く関わっていた。
彼女は学園長の孫娘と云うことで周囲から一目置かれていた上に、
明るく和やかな雰囲気と面倒見の良い性格から人望があった。
それ故に、木乃香の他者に対するちょっとした言動や態度が心ないクラスメイトに利用され、
いじめターゲット選定の原因となることがあった。

この事態を深く憂いていた少女がいた。
少女の名は、桜崎刹那と云った。

91 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:41:00 ID:zscI8XgQ0
刹那は木乃香の幼少時からの親友だった。
お互いを「せっちゃん」「このちゃん」と呼び合う仲だったが、
刹那は『近衛家』に仕える立場でもあった為、成長するに従って木乃香と距離を取った。
同時に、木乃香のことを「お嬢様」と呼ぶようになった。「このちゃん」とは呼ばなくなった。

木乃香はこの変化を歓迎していなかった。
刹那が「お嬢様」と呼ぶと、
常に「お嬢様はやめてや、せっちゃん。ウチのことは『このちゃん』と呼んで」といちいち訂正した。
他人行儀はやめて欲しい、と思っていた。木乃香が刹那に望んでいたのは
「親友としての刹那」であり、「主人と臣下だから傍に居る」と云うつきあいではなかったから。

だから学校で刹那が自分に一言も話かけなかったのに、
寮への帰り道で刹那が待ちかまえていて、いきなり
「お嬢様。少し、お話したいことがあります」などと切り出されると、
木乃香の顔は心中を忠実にトレースしてムッとした表情となった。
「なんや、せっちゃん」
普段から温厚な木乃香にしては珍しく、彼女の声質には不機嫌の粒子が混ざっていた。
刹那に対してこのような声を出すことはさらに珍しかった。
刹那は木乃香の様子にひるみかけたが、まなじりを決すると、
思い詰めた様子で木乃香の前に立った。

93 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:42:36 ID:zscI8XgQ0
「お嬢様。私のような者が口にすることは本来なら僭越なのですが、
 どうしてもお聞き入れして欲しいことがあるのです。これから申し上げることは、
 お嬢様御自身にも、お友達にも大変失礼だとは存じているのですが、どうしても…」
「なんや、せっちゃん。
 言いたいことがあったら、さっさとお言いや」

木乃香は、刹那が心中苦しんでいるからこそ回りくどい言い方になったのがわかっていたが、
理性と感情は別物だった。加速度的に機嫌が悪くなる。そんな親友の心中を察してか否か、
刹那は二、三度口ごもってから、重い口を開いた。

「お嬢様……。
 明日菜さんと宮崎さんと……。
 彼らと距離を取って欲しいのです」
「……せっちゃん。なんの冗談や?」
「いいえ、お嬢様」

笑い飛ばそうとした木乃香は、刹那の黒水晶のような瞳を見た瞬間、言葉を失った。
刹那が真剣そのものであることが良く分かったからだ。
それにしてもなんと云う忠言であろうか。
友達と…いや、親友と称して良い者達と意図的に離れろとは…。
刹那が真摯であればこそ、木乃香の中にムクムクと反発の意志が成長する。

94 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:43:55 ID:zscI8XgQ0
「どういうことや、せっちゃん。説明しい!
 明日菜はせっちゃんと仲良いやないか!
 昨日も剣の修行を一緒にやってるやないか!
 のどかやって、宿題一緒にやったり勉強教えっこする仲やないか!
 なのに、なんでそんなこと云うんや!」

声を荒げた木乃香に、刹那は唇を噛みしめた。
刹那は己の懸念を木乃香に伝えようとした。
刹那は知っていた。明日菜と宮崎のどかは、いつも木乃香と一緒にいる。
彼らは木乃香の影のように行動することによって、
自分達も木乃香の威光と権力と財力を使えると周囲に思わせていた。
要するに『虎の威をかるキツネ』になっていた。そして、木乃香が意図するしないに関わらず、
木乃香はクラスメイト達から畏怖と嫌悪の目で見られつつあることを。
木乃香は虐めにはかかわっていないにも関わらず、
虐めっ子である明日菜達と同類に見られていることを。

95 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:45:22 ID:zscI8XgQ0
刹那は、木乃香の為にも明日菜の為にもこのような関係は好くない、と考えた。
だが、詳細を事細かに説明することは良しとしなかった。
木乃香から明日菜への印象にマイナスポイントを与えたくなかったのだ。
いつか、木乃香と明日菜が再び親友になれる時をおもんばかって。

刹那の優しさ。
ある意味では逃げ。
それが悲劇の遠因となった。

刹那は舌先まででかかった真実…明日菜達の思惑と現状…を無理矢理胃の奥に流し込み、
彼女の心が『これを云ったらこのちゃんとの絆が崩れる!』と悲鳴を上げるのを無視して、
理性が考えた事柄を述べた。

透き通った声だった。
とても綺麗な声だった。
それは無機質で生命が吹き込まれていないから。

「お嬢様。神楽坂明日菜さんと宮崎のどかさんは……
 お嬢様が、近衛家の次期当主がつきあう相手としては不適当です。
 お嬢様は、もっと家柄にあった御相手と親交をもたれるべきかと愚考します。
 …近衛家の名誉のためにも」

どんな三文役者の芝居だって、この時の刹那よりは気合が入っていただろう。
御遊戯会に参加した幼稚園児だって、この時の刹那よりは上手く演じるだろう。

96 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:46:28 ID:zscI8XgQ0
しかし、元から心に暗雲がたなびいていた木乃香には、
刹那の真意を汲み取る余裕などなかった。後に数歩よろめきながら発した
「せっ、せっちゃん……!」と云う言葉は、呟きと云うより呻きに近く、
肌は血の気を失って「白」と云うより「蒼」になっていた。

「う、うそや…。うそって云ってや、せっちゃん!
 せっちゃんが、せっちゃんが、そんなこと云うやなんて…」

木乃香は落雷に打たれたよりも大きな衝撃に立ち竦んでいた。
なぜなら、家柄や格式でつきあう人間を決定するならば、
刹那は木乃香が最もつきあってはならない人間なのだ。
いや、そもそも刹那は人間ではない。ハーフとはいえ、烏族と云う魔物なのだ。
『皇族の一員として民を、国を守る』と云う近衛家の建前からすれば、
魔物である刹那は、近衛家の跡取りたる木乃香とつきあってはならない。
それどころか、木乃香が滅ぼさなければならない相手なのだ。

97 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:48:23 ID:zscI8XgQ0
もちろん、木乃香は刹那を全面的に信頼している。親友だと思っている。
だが、それは一個の魂を持った人と人としてお互いを認め合うから成り立つ関係であって、
そこに「家」や「身分」を持ち込んだ瞬間、木乃香と刹那の関係は崩壊する。いや、崩壊させられる。
木乃香はそのことが分かっていたから、上下関係を規定するような「お嬢様」と云う呼び方を嫌ったのだ。

刹那の進言は、自ら木乃香との関係を否定するに等しい。

烏族である刹那が近衛家跡取りの護衛であることを危惧する者は多く、
刹那が傍にあることを反対しなかったのは、祖父と父親ぐらいしかいなかった。
木乃香や彼女の父親は、誰かがいらぬおせっかいを焼く度に
「家や身分、さらに種族関係なく、刹那は刹那という一個人であり、彼女は信頼できる」
と声高く宣言せざるを得なかった。

だからこそ。
刹那の言葉は、刹那を庇い続けてきた木乃香や父親への裏切りだった。
しかし、木乃香は希望を捨てたわけではなかった。今にもあふれ出しそうな涙をこらえ、
逃げ出したくなる脚を最後の力をふりしぼって踏みとどまらせると、刹那の顔を正面から覗きこんだ。

「せっちゃん。なんで、明日菜達とうちが友達でいたらあかんのや?」
「ですから、今申し上げた通りです。
 彼らはお嬢様とつきあうべき人間ではありません」
「なんで、なんでそう言い切れるんや。証拠でもあるのかえ?」
「…いいえ。ありません」

98 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:49:16 ID:zscI8XgQ0
刹那はすぐに答えることが出来なかった。
答えれば、のどかや明日菜のことを詳しく話さなくてはならなくなるから。
木乃香には、彼女が友達と信じている者達の汚い一面や暗い部分を知って欲しくなかったから。
木乃香には、いつまでも綺麗でいて欲しかったから。

木乃香は石よりも硬くなった唇を無意識に舐めた。
喉の奥に隠れようとする言葉を無理矢理押し出して、刹那にぶつける。
見捨てていく母親を呼び止める子供よりも、頼りなく、震えて。
 
「せっちゃん。もう一度聞くえ。
 正直に答えてや。
 ……。
 ……。
 せっちゃんは、どうしてうちの傍にいるんや?
 うちとせっちゃんは、友達やなかったの?」

刹那は答えた。

99 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:50:27 ID:zscI8XgQ0
「私は神明流の剣士。お嬢様は近衛家の跡取り。
 神明流は、近衛を守る為に命をかけます。
 ですがそれ以上に、私はお嬢様の下僕です。
 お嬢様の命ならば、私は神仏が相手であろうと斬ります。
 お嬢様が仰るなら、私は今ここで腹を切る覚悟が」

刹那の頬が小気味良い音を立てて鳴った。
刹那はまるで平手打ちを予期していたように微動だにしなかった。
赤くなった頬を押さえようともしなかった。
売れ残った人形にはめこまれたガラス球そっくりの虚ろな瞳に、
頬も目も真っ赤にした木乃香の顔がうつりこんでいた。
刹那の感情を見通すことは、涙で視界をぼやけさせた木乃香には出来なかった。
 
「せっちゃんの馬鹿!!
 うち、せっちゃんなんて大嫌いや!!
 もうせっちゃんなんて知らん!!
 京都へ帰るなり、勝手にしいや!」

木乃香は刹那を捨てて走り出した。
幼い頃からの親友を失ったことに、木乃香は泣いた。
刹那は去り行く親友の背に手をのばしかけ、そしてハタリと落とした。

100 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:51:20 ID:zscI8XgQ0
翌日から、刹那に対する明日菜達の虐めがはじまった。
今までと違う点があれば、虐めに木乃香が積極的に加わっていた、と云うことだろう。
木乃香の刹那に対するそれは、明日菜のような暴力的手段ではなかった。
多分に精神的なものだった。

「なぁせっちゃん」

刹那に何かをする前、木乃香は必ずこう云った。

「せっちゃんは、うちのなんなんや?」
「……私は、お嬢さまの下僕です」

刹那はそう答えざるを得ない。木乃香は刹那の消え入りそうな声に「にたり」と笑うと、
「せっちゃん、うちの為ならなんでもするかえ?」と聞く。
「うちの為なら、死ぬ覚悟があるかえ?」と尋ねる。
すると刹那は「お嬢様のお望みのままに…」と答える。
刹那の言質をとった木乃香は、誰もを魅了する笑顔を浮かべると、
従者のようにつきしたがう明日菜と宮崎に「本日のイベントは何か」と尋ねるのだ。
例えば、烏族である刹那にフライドチキンを食べさせて「共食いですか?」とからかったり、
ネギの授業中に嫌がらせをするようにさしむけたり、刹那を裸にして写真を取ったり。

101 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:52:34 ID:zscI8XgQ0
それは儀式だった。決まりきった手順を踏む祭儀だった。
刹那は全ての罪を背負ってミ自ら十字架にかかったナザレのイエスのように従順であった。
だとしたら、木乃香はイエスを愛しつつ裏切らねばならなかったユダであろうか。
ともかく、木乃香と刹那のやりとりは、あまりに毎回のように繰り返されるので、
木乃香と刹那の変わりように眉をひそめていたクラスメイト達も、次第に慣れっこになった。
だが、刹那の決まりきった返答を受ける木乃香の顔が泣き笑いに近いものであることには、誰も気付かなかった。

木乃香は刹那に「うちはこのちゃんの友達や」と言わせたかった。
ただそれだけの為に、刹那に考えられる限りの酷い仕打ちをした。
しかし、刹那は頑として「私はお嬢様の下僕です」と云い続けた。

IFというものが許されるならば……。
もし刹那が「このちゃんはうちの友達や」と云っていたとしたら。
もし木乃香が刹那に謝ったとしたら。お互いに意地をはらなければ。
もしあの夜に刹那が外出しなければ。
その後のクラス3Aの悲劇は避けられたかもしれない。

102 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:53:58 ID:zscI8XgQ0
近衛木乃香と神楽坂明日菜、彼らの担任であるネギ・スプリングフィールドは
女子寮のルームメイト同士である。彼らの元に電話がかかってきたのは、
ある日の深夜2時、草木も眠る丑三つ時のことだった。
電話の主はネギや明日菜とも親しい教師のタカミチで、彼の声は珍しく切羽つまっていた。
内容は木乃香達を驚愕させるのに充分だった。麻帆良学園に強力な魔物が侵入して、
学園を護る魔法使い達と交戦していると云う。護衛を送るから部屋を出ないように、
と言い残して電話は切れた。すると受話器が置くか置かれないかのうちに護衛がやってきて
(全員、魔法使いだ)、ネギ達を部屋に閉じ込めた。

「僕も戦います」と云うネギの懇願は学園長命令で即座に却下された。
彼らは無言のまま悶々たる時間を過ごすことになる。

次に電話がかかってきたのは1時間後だった。
相手は学園長だった。

「木乃香、すぐに麻帆良大学病院まで来るんじゃ」
「おじーちゃん、どないしたんや? 何があったんや!?」
「詳しい話は病院で聞くんじゃ。ネギに運んでもらいなさい。大至急じゃ!」

103 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:55:06 ID:zscI8XgQ0
寝間着姿を着替える暇もなく、3人はネギの杖に乗って飛び出した。
上空から見下ろす麻帆良学園都市の街並みはいつもの夜景だが、大気は違っていた。
魔物との戦闘の余波なのか、魔力が充満していた。
生暖かく、ねっとりと肌に絡みついた。
ネギは唇を真一文字に引き絞り、何か事件が起これば五月蝿い明日菜も
一言を口を聞かなかった。そのことが木乃香をさらに不安にさせた。

三人を乗せた杖が病院の玄関に滑り込むと、木乃香は先をきってロビーに入った。
そこで待っていたのは、タカミチとエヴァンジェリンだった。
タカミチは長身のやりばに困るようにぼんやりとタバコを吸い、
吸血鬼の少女は気難しげに腕組みをして、ベンチに腰掛けていた。

木乃香達の姿を見てタカミチはタバコをもみ消した。
彼の着衣はボロボロだった。傷が肉体に達して血がにじんでいる場所もあった。
咄嗟のことで口の聞けない木乃香に変わって、
後から駆けこんだ明日菜がタカミチの状態にすっとんきょうな声をあげた。

「高畑先生、大丈夫ですか!!」

104 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:56:55 ID:zscI8XgQ0
「なに、たいしたことはないさ」

そう云って明日菜を気遣うタカミチに、彼の腰ぐらいまでしかない金髪の少女が
ジロリと蒼眼でタカミチを睨み上げると、皮肉な声をかけた。
エヴァンジェリンに外見上の傷はないが、総毛だった野良猫のように近寄り難い雰囲気だった。

「何が『たいしたことはない』だ。
 私が助けなかったらお前もやられていたぞ」
「あれは君を庇って。そもそも、僕がいなかったら、君は今頃魔物の腹の中だ」
「そっちこそ!!」

言い争いを始めたエヴァンジェリンとタカミチ。
あっけに取られるネギと明日菜を押しのけて、木乃香は前に出た。

「『お前も』って、エヴァちゃん。それ、どういう意味や?」

エヴァンジェリンは言葉に詰まった。
一瞬救いを求めるようにネギと明日菜に視線を移し、それからタカミチを見上げた。
タカミチが苦悩の表情で頷くと、吸血鬼の少女はなぜか木乃香を睨みつけると、悲報を伝えた。

「桜崎刹那がやられた。意識不明の重体だ」
「うそ……」

105 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:57:59 ID:zscI8XgQ0
「嘘じゃない。魔物に取り込まれた結果だ。
 今夜麻帆良を襲った奴は精神生命体だった。何かに寄生してパワーをふるうタイプだ。
 最初、奴は獣に取付いていたんだが、肉体の機能が低下すると躊躇なく肉体を捨てた。
 次に選んだのが、刹那だった。

 …普段の刹那なら、なんともない相手だったろう。
 神明流はまさに『悪しきもの』を封する剣術だからな。
 だが、刹那は何かがおかしかった。動きも悪かったし、技の切れも悪かった。
 何より覇気がなくて、心ここにあらず、と云った感じだった。
 だから魔物は刹那を狙ったのかもしれないな。
 ともかく、魔物に取り込まれた刹那にはまいったよ。
 烏族の力を発揮して暴れ回るから今の私の手には負えなくて、
 タカミチも龍宮も含めて、麻帆良の魔法使いを総動員する羽目に…」

「そんなことはどうでもいいんや!!」

木乃香の絶叫にエヴァンジェリンは目を丸くして説明を中断した。
普段声を荒げたことのない木乃香の予想しない姿に残る面々も圧倒される中、
木乃香はさらに信じられない行動に出た。つかつかとエヴァンジェリンの元に歩み寄ると、
身の危険を察知して腰を浮かしかけた少女の襟首を(正確にはマントの襟を)つかみ上げたのだ。

106 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 02:58:55 ID:zscI8XgQ0
「なっ! や、やめろ! くるしい!」

「せっちゃんはどないしたんや!!
 せっちゃんの身に何かあったら、絶対許さへん!!」

封印によって弱体化しているとはいえ、エヴァンジェリンは吸血鬼の真祖である。
なのに、木乃香はもがくエヴァンジェリンを押さえつけて空中に持ち上げていた。
吸血鬼の少女の足は地面から離れてブラブラと揺れている。

「やめなさい、木乃香君!!」
「駄目です、木乃香さん!!」

ネギとタカミチは2人がかりで木乃香をエヴァンジェリンから引き離した。
床に落ちて尻もちをついたエヴァンジェリンは、タカミチに抑えられながらも
木乃香がなおも暴れようとしているのを見て「この…馬鹿が…」とかすれ声で罵った。
口の中で何かを呟くと、パチンと指を鳴らす。すると、木乃香の真上に黒雲が出現して、
氷まじりの冷水が木乃香達の上に降り注いだ。

哀れなタカミチとネギを道連れに、木乃香は塗れネズミとなった。

目をパチクリとさせる木乃香に、吸血鬼の少女は歩み寄ると、無言で拳骨をふるう。
吸血鬼の力は人間を遥かに上回る。木乃香は勢い良く吹き飛ばされてベンチに倒れこんだ。
唇が切れて血がツツと垂れる。歯が折れなかっただけでも儲けものだろう。

107 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 03:00:24 ID:zscI8XgQ0
エヴァンジェリンは木乃香の前に仁王立ちになると、
先程とは逆に、木乃香の襟首をつかんでひきつける。
木乃香の視界一杯に、全てを凍てつかせる怒りを湛えた少女の碧眼が広がった。

「刹那は私の元に相談に来た。
 なのに、私に相談にしにきたというのに、あいつが心配するのはお前のことだけだった。
 …近衛木乃香。刹那がこうなったのは、お前の責任だ!!
 あいつのことが心配で私にこんな真似をしたのなら、なぜ刹那を追いつめるようなことをした!!」

地獄の底から響くような声に、事態を見守るタカミチ達は震え上がった。
木乃香だけがなんの反応も見せずにエヴァンジェリンの言葉を受け入れていた。
吸血鬼の少女はギリリと奥歯を噛みしめると、手に毛虫でもついたかの如く、木乃香をゴミ屑のように突き飛ばした。

「今夜は大目に見てやるが…。
 次に私にこんなことをしたら、学園長の孫娘とはいえ容赦はせんぞ。
 わかったら、さっさと集中治療室の前にいけ。医師に刹那の容体について説明を受けるんだな」

木乃香にタオルを投げつけて、エヴァンジェリンは集中治療室に続く廊下を指差した。
そしてもう一度、今度は軽蔑するように「馬鹿が」と呟くと、マントを翻して去っていった。

108 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 03:01:37 ID:zscI8XgQ0
近衛木乃香は、その夜のことをあまり覚えていない。
ただ魔法にも詳しい医者が宣告した
『桜崎さんが生きているのは奇跡です。
 ですが、奇跡をそれ以上期待するのは酷というものです。
 魔物に陵辱され、彼女の精神は壊れてしまった。
 医学も魔法も彼女を救うことは出来ませんでした。
 これ以上の治療や治癒魔法は、かえって彼女を壊しかねません。
 奇跡的に正常に働いている脳幹の生命維持機能に影響を与える恐れが強いのです。
 もう、自然治癒にかけるしかありませんが……。
 おそらく、二度と意識を取り戻すことはないでしょう』と云う言葉だけははっきりと覚えている。

数日して、刹那は集中治療室から個室へと移された。
簡素な病院着を羽織った少女は、焦点の合わない瞳でぼんやりと外を見ていた。
誰が来ても、誰が何かをしても反応することはなかった。
それは木乃香がお見舞にきても変わらなかった。

「せっちゃん……。うち、どないしたらいいんや……。
 お願い、答えてや……。せっちゃんとうち、友達やないの……?」

木乃香が刹那を抱きしめて泣き崩れても、刹那は瞳さえ動かさなかった。

109 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 03:02:30 ID:zscI8XgQ0
木乃香は、刹那の存在が日に日に薄れていくのに怯えだした。
窓から差し込む光に同化して消え去ってしまうのではないかと思った。
木乃香は刹那の気を引こうとあらゆることをした。
話かけ、マッサージをし、魔法をかけ、時に裸となって抱きついてもみたが、
彼女の目論見は成功しなかった。あいからわず刹那は人形のように無表情だった。

しかし、試みの全てが失敗したわけではない。
刹那が反応を示したこともあったのだ。

それは、もはや日常茶飯事となってしまった、明日菜や宮崎達の虐めについて
刹那に語った時のことだった。刹那が幽かに「あ…」と声を漏らしたのだ。

「せっちゃん! せっちゃん!!」

反応はそれきりだったが、刹那が廃人となって以来はじめて、木乃香の顔に喜色が戻った。
生気を取り戻した木乃香は、ある実験を行った。明日菜を呼び出して念入りに相談し、
翌日、鳴滝姉妹に虐待に近い虐めを行ったのだ。
学校が終わると、木乃香は刹那の病室に飛び込んだ。
そして、虐めの経緯と結果を、自分と明日菜の相談から顛末にいたるまで詳細に語ったのだ。

110 名前:プロローグ 木乃香と刹那[] 投稿日:2005/08/11(木) 03:04:11 ID:zscI8XgQ0
案の定、刹那は反応した。
木乃香が嬉しそうに経過を語るたびに、刹那の身体がピクリと動く。
呻きに似た声を漏らすこともあるし、時に木乃香の手を握り返すこともなる。

「そうやな、せっちゃん。 もっと、もっとみんなを虐めるんや。
 そしたら、せっちゃんは元通りになれるんやな。
 うち、頑張る。せっちゃんに元気になってもらう。
 そしたら、そしたら……」

真っ白で、ベッドと椅子と備え付けのテーブルの他な何もない真っ白な病室で、
木乃香と刹那の影が重なる。一糸まとわぬ姿となった木乃香は、刹那の上にまたがり、刹那の髪をそっとすく。

「今度は、うちが言うわ。
 せっちゃんは、うちの大好きな人なんやって。
 せっちゃんがうちのこと、どう思ってもいい。
 せっちゃんは、うちの友達や」

木乃香は刹那の肩に顔を埋め、首筋にキスをしながら夢見るように呟いた。

「まっててや、せっちゃん。
 せっちゃんの為に、うち、頑張る……」

ついに歯車は回り出した。
悲劇へ向かって、止めようもなく…。

111 名前:135[] 投稿日:2005/08/11(木) 03:06:31 ID:zscI8XgQ0
以上です。
魔物は、ヘルマンの影響や世界樹の影響で
よびよせられたものです。イジメによる怨念も関係あるかも。

木乃香がイジメを止める方法を考えてみました。
なさそうですね(゚∀゚)

長文SS、失礼しました。
ではでは