可逆と不可逆


熱力学入門


可逆と不可逆

熱力学を学ぶ人がぶつかる最初の壁である可逆、不可逆過程を定義します。

非可逆過程では温度こう配や圧力こう配といった非平衡な状態が存在し、そこに熱や粒子の流れがあります。 非平衡であるということはエントロピーが最大になっていないということであり、平衡な状態に移行すれば全体のエントロピーは必ず増大します。

可逆過程とは全体のエントロピーが増えない過程です。
それはどの時点でも平衡が成立しているような準静的な過程で実現できます。

非可逆な過程とはその過程で非平衡状態が存在し、全体のエントロピーが増える過程です。

ちなみに準静的な過程とはエントロピーの生成が実質的に無視できる過程です。 流れを起こさせないようにゆっくりピストンを押す程度でかまいません。 なぜなら気体の場合、エントロピーは圧力の変化に対し3次の効果でしか増えません。 δσ∝ (δp)^3 ですので、δpが0.1 増えてもエントロピーは0.001オーダーでしか増えません。

次に詳しく見るように非可逆な過程はエネルギー効率を悪化させます。
逆に可逆な過程では効率が良くても出力はそれほど取り出せません。
準静的な過程はゆっくりなのです。

ピストンを早く押せば流れができ、エントロピーを増やすことになります。 よって、出力を取り出そうとしてエンジンを早く回転させると(後で見るように)エントロピーが生成され効率が落ちます。 ここで予想されることは、出力をあまり取り出さなければ効率がよいだろうということです。 出力と効率はなかなか両立しません。我々は最適と思われるバランスを取る必要があります。

カルノーサイクル

ワットが蒸気機関を発明したことで産業革命が起こりました。 産業革命は歴史上類を見ないでぎごとで政治、経済、くらし、軍事とあらゆる点を根こそぎ変えてしまいました。 近代は産業革命から始まるのです。

当時の関心はどうしたらもっと出力が得られるのだろうかだったに違いありません。カルノーサイクルはそれに対する答えです。不可逆な過程つまり非平衡な場をなくすことが効率を最大にするということが分かったのです。

エントロピーが増えることができるので反応はその方向に進みます。 高温から低温に熱が移動する過程は自然な流れでエントロピーは(Qh/Tl-Qh/Th)増えます。 ですから不可逆な過程です。

反応が進むにはエントロピーが増えさえすればいいのですから、高温から取った熱を全部捨てなくすむに違いありません。
低温側に捨てる熱Qlは他にエントロピーを増やす過程(不可逆過程)がなければ、(Ql/Tl-Qh/Th)>0 を満たせばいいことがわかります。 熱機関はこのあまった熱を仕事に回します。

カルノーサイクルは温度差や圧力差を生じないように工夫がされていて準静的な過程しかありません。 しかし、今は乱暴にピストンを動かす不可逆サイクルを考えてしまいましょう。 熱機関は高温源(Th)から熱(Qh)をもらい、外部に仕事(W)をし、低温源(Tl)に熱(Ql)を捨てるサイクルです。 ここで温度Tはケルビン温度で、τ=kBT です。ちなみに S=kBσはおなじみのエントロピーの定義です。 エネルギー保存則から仕事に回せるエネルギーは

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です。

では全体のエントロピーの収支を考えて見ましょう。 まず、高温源は熱Qhを吐き出すのでエントロピーがQh/Thだけ減ります。 この時、カルノーサイクルでは気体の温度と熱源の温度に差がなく非平衡な場がないので非可逆分を考える必要がないとしています。 低温源は熱Qlが流入するので、エントロピーがQl/Tlだけ増えます。 この時も上と同様の仮定をしています。

熱機関には熱QhがThの時流入し、熱QlをTlで吐き出すので、不可逆分の増分を考えて dS = Qh/Th-Ql/Tl+δS(irev) 分だけ増えることになります。

ちなみに全体の系(高温部+熱機関+低温部)では (-Qh/Th)+(Qh/Th-Ql/Tl+δS(irev))+(Ql/Tl) =δS(irev) で、不可逆分がなければエントロピーは増えません。ですからその時は可逆なサイクルです。 高温部や低温部で熱を吸いあげたり吐き出す時、熱機関がいつもその場の温度と同じになっているので 非平衡な場が存在しないからです。

熱機関は何サイクルもするのですから、サイクルごとに熱機関のエントロピーが増えては困ります。 エントロピーが増えるということは状態がもとに戻らないということなので、未来永劫働いてもらうには、熱機関内のエントロピーの増分をゼロにする必要があります。

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このことから次のことがわかります。

持続的な動作のためには低温源に熱を捨てなければならない。
不可逆過程があると低温源に熱をより多く捨てなければならない。

仕事に Qh すべてを当てることはできません。低温部に Ql は捨てなければならないので、 (Qh - Ql )分だけ仕事に当てることができます。 不可逆過程があると、Ql を増やさなくてはならないのでさらに仕事に回すことができなくなります。

エネルギーがどこかに損失したわけでもないのに仕事の効率(W/Qh)が落ちてしまいます。


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