年表


来生たかお大百科

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◆1960年代◆196319661969
◆1970年代◆197019711972197419751976197719781979
◆1980年代◆1980198119821983198419851986198719881989
◆1990年代◆1990199119921993199419951996199719981999
◆2000年代◆2000200120022003200420052006200720082009
◆2010年代◆201020112014201520162017

※全てのコンサート・テレビ・ラジオの詳細は「コンサート」「テレビ・ラジオ」を参照。
※企画シングル・ベストアルバム・提供曲等のリリースは「作品」を参照。

1950年代

1950年(昭和25年/0歳)

  • 11月16日、来生末藏、来生ユキ子の長男として、東京都大田区大森で誕生(姉の来生えつこは1948年3月9日に長女として誕生)。

1952年(昭和27年/2歳)

  • 杉並区にあった父親が務める三菱商事の社宅に移転後、文京区駒込の社長宅にあった門番用の家*1に転居。

1954年(昭和29年/4歳)

  • 文京区の聖ペトロ幼稚園に入園*2

1957年(昭和32年/7歳)

  • 4月、文京区の昭和小学校に入学。

1958年(昭和33年/8歳)

  • 7月、家族と共に田無市の「ひばりが丘団地」に転居し、保谷市立中原小学校に転入。

1959年(昭和34年/9歳)

  • 夏休み、来生家がテレビを購入*3

1960年代

1963年(昭和38年/13歳)

  • 保谷市ひばりが丘中学校に入学。陸上部に所属(競技種目は長距離)。

1964年(昭和39年/14歳)

  • ザ・ベンチャーズ、加山雄三、寺内タケシ等のエレキサウンドに魅せられ、友人とアマチュアバンドを結成。

1966年(昭和41年/16歳)

  • 大東文化大学盈進高等学校に入学。

1967年(昭和42年/17歳)

  • 初めての自作曲「サラリーマン」を制作。
  • ザ・ビートルズの『Rubber Soul』に影響され、同バンドに興味を持ち始める。

1969年(昭和44年/19歳)

  • 城西大学経済学部に入学。心理学を専攻*4
  • 在学中にザ・ベンチャーズやザ・ビートルズをレパートリーとした3人編成のバンド「ビコーズ」を結成。

1970年代

1970年(昭和45年/20歳)

  • 「ビコーズ」で音楽喫茶「青い森」のオーディションに合格した事を機に、4月に城西大学経済学部を1年半で中途退学。
  • ザ・ビートルズの「Let It Be」を聴いた事でピアノの個人レッスンを受け始め、音楽情報誌等で楽譜の書き方や音楽の基礎知識を学び始める。
  • 音楽喫茶「青い森」でアンドレ・カンドレ(井上陽水)と知り合い、デモテープ作りを手伝ったり*5、その後「原宿RUIDO」や「渋谷ジァン・ジァン」等のステージやラジオの公開録音に、習い立てのピアノで一緒に出演したりするようになる。

1971年(昭和46年/21歳)

  • 「ひばりが丘団地」から埼玉県北本市に転居(以後7年間この地に居住し、オリジナルアルバム『By My Side』の収録曲等を作曲*6)。
  • 井上陽水小椋佳のディレクターをしていた多賀英典と出会った事をきっかけに、翌年5月にリリースされる井上のファーストアルバム『断絶』にアコースティックギター担当として参加。

1972年(昭和47年/22歳)

  • 3月に再デビューした井上陽水のステージで引き続きピアノを担当。以後、1年間に亘ってサポート*7
  • たまたまジャケットが気に入って買ったギルバート・オサリヴァンのシングル「No Matter How I Try/さよならがいえない」に衝撃を受ける。
  • 10月に多賀英典が設立したキティミュージックの社員としてインスペクターに就業。

1973年(昭和48年/23歳)

1974年(昭和49年/24歳)

  • 3月21日、亀渕友香のアルバム『Touch Me,Yuka』に、姉弟コンビの手による「酔いどれ天使のポルカ」が収録され、姉弟共に作家デビュー。
  • 11月15日、デモテープの中の「終止符」を聴いた多賀英典から、LP制作の意向を伝える連絡が入る。

1975年(昭和50年/25歳)

  • 書きためていた楽曲から50曲を選抜し、デビュー曲候補として録音。デモテープ作りを担当した本間一泰が来生の歌に惚れ込み、制作担当に決定*8

1976年(昭和51年/26歳)

1977年(昭和52年/27歳)

  • 渋谷「ジァン・ジァン」(月に1度・40分2回ソロステージ)を中心にコンサート活動。
  • 7月1日、オリジナルシングル「灼けた夏」をリリース。
  • 同月、「マイ・ラグジュアリー・ナイト」(歌唱、しばたはつみ)が名立たる作曲家の作品の中から東洋工業(現・マツダ)のCM曲として採用され、作曲家として注目される。
  • 10月1日、オリジナルシングル「長雨(ながあめ)」をリリース。
  • 10月21日、オリジナルアルバム『ジグザグ』をリリース。
  • 12月、フジテレビ系『スター作詞作曲グランプリ』(司会:石坂浩二)に出演し、「星月夜」を披露。グランプリ大会において第8位にランクイン。

1978年(昭和53年/28歳)

  • 都内が中心だったコンサート活動が、関東一円、名古屋(「名古屋ジャン・ジャン」等)、京都(伏見区等)へと広がる。
  • 5月12日、石川セリとのジョイントコンサートを開催し、後に夫人となる岡崎優子と出会う。
  • 8月1日、オリジナルシングル「赤毛の隣人」をリリース(オリジナルアルバム『浅い夢』からシングルカット)。
  • 10月1日、オリジナルシングル「片隅にひとり」をリリース。
  • 11月1日、オリジナルアルバム『By My Side』をリリース。
  • 11月5日、デュエット曲「Corvett 1954」を収録した松任谷由実のアルバム『流線型'80』がリリースされる。

1979年(昭和54年/29歳)

  • 1月15日に放送されたNHK-FMの松任谷由実のスタジオライヴにゲスト出演し、「Corvet 1954」をデュエット。
  • 3月に放送されたFM東京『パイオニア サウンドアプローチ』にて、尾崎亜美のスタジオライヴにゲスト出演。
  • 4月1日、初めて全作曲を手掛けた三浦友和のアルバム『素描』がリリースされる。
  • 4月21日、オリジナルシングル「そして、昼下り」をリリース。
  • 三浦友和、藤竜也等が主演した東宝映画『黄金のパートナー』の音楽を高中正義と共に担当し、同映画のエンドロールで初の映画出演。
  • 9月27日、本格的なホールコンサート『PASTEL LIVE』(東京都・東京厚生年金会館 小ホール)を開催。
  • 9月27日、オフィシャルファンクラブ発足(入会金:400円/月会費:200円)。会報は「キティサークル(キティレコード所属アーティストの総合ファンクラブ)」の総合誌「BACK STAGE PASS」として発行。
  • 10月9日、岡崎優子と結婚(東京都内の中野サンプラザで挙式*9)。
  • 10月21日、オリジナルシングル「あなただけGood Night」をリリース。
  • 12月10日、オリジナルアルバム『Natural Menu』をリリース。

1980年代

1980年(昭和55年/30歳)

1981年(昭和56年/31歳)

  • 2月5日、オリジナルシングル「とにかく、あした」をリリース(企画アルバム『来生たかお』からシングルカット)。
  • 5月1日、『Concert Tour '81 来生たかお』を開始。
  • 5月21日、オリジナルシングル「Goodbye Day」をリリース。スマッシュヒットする。
  • オフィシャルファンクラブが「キティサークル」内において「TAKAO CLUB」に、会報が『HEAD ROCK』に改称。
  • 7月21日、オリジナルアルバム『Sparkle』をリリース。
  • 11月10日、オリジナルシングル「夢の途中」をリリース。競作シングル「セーラー服と機関銃」(歌唱:薬師丸ひろ子)と共に大ヒット。
  • 12月10日、オリジナルアルバム『夢の途中』をリリース。

1982年(昭和57年/32歳)

  • 専属のバックバンド「Win 9」を結成。
  • 3月16日、『来生たかお Concert Tour '82 夢の途中…』を開始。
  • 4月25日、オリジナルシングル「気分は逆光線」(両A面)をリリース。
  • 7月21日、桃井かおりとのデュエット曲『ねじれたハートで』をリリース。
  • 東京都小金井市*11の8階建てマンションの最上階(2DK*12)に転居*13(田無市に35年ローンで購入との記載もあり*14)。
  • 9月24日、『来生たかお Concert Tour '82 Much More...』を開始。
  • 10月6日、大橋純子に提供した「シルエット・ロマンス」で第2回日本作曲大賞「優秀作曲者賞」、来生えつこと共に「中山晋平・西条八十賞」を受賞。オリジナルシングル「夢の途中」で、スコッチ・マスタリング・アワード「シングル優秀賞」、オリジナルアルバム『夢の途中』で「LP優秀賞」を受賞。
  • 11月10日、オリジナルアルバム『遊歩道』をリリース。TBSラジオ『サウンドストームDJANGO』において「来生たかおサウンドノスタルジー」と題した回のパーソナリティを姉弟で務める。
  • 12月1日、オリジナルシングル「疑惑」をリリース(オリジナルアルバム『遊歩道』からシングルカット)。
  • 12月、日本レコードセールス大賞の作曲家部門において年間売上の第2位にランクイン(第1位は筒美京平)。

1983年(昭和58年/33歳)

  • 3LDKの公団アパート在住*15
  • 3月1日、オリジナルシングル「無口な夜」をリリース。
  • 4月21日、映像ソフト『来生たかおライヴ Much more...』をリリース。
  • 5月、松田聖子の『'83 Spring Concert』にゲスト出演。FM東京『GW特別企画 松田聖子 ザ・コンサート』で生中継される。
  • 5月26日から『来生たかお Concert Tour '83 ミディアム気分で…』を開始。
  • 6月4日、初のファンの集い『TAKAO CLUB PARTY』を京都府・十字屋フォーラムで開催(参加資格は、十字屋及び兵庫県下のレコード店でのオリジナルアルバム『Ordinary』の予約注文)。
  • 7月1日、オリジナルシングル「吐息の日々」をリリース。
  • 7月25日、オリジナルアルバム『Ordinary』をリリース。
  • 10月4日、次男・孝平が誕生。
  • 10月5日、中森明菜に提供した「セカンド・ラブ」で、第3回日本作曲大賞で大賞を受賞。同賞の音楽祭を生中継したTBS系『第3回日本作曲大賞』で中森明菜とピアノ伴奏で共演。
  • 12月1日、企画アルバム『Visitor』をリリース。

1984年(昭和59年/34歳)

  • ローンで東久留米市氷川台に一戸建てを購入。
  • 専属のバックバンド「Win 9」が「スタートル」に改称。
  • 3月27日に放送されたフジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』(『テレフォンショッキング』)に生出演(小堺一機からの紹介、松任谷正隆を紹介。朝が弱いという来生えつこに代わって出演)。
  • 5月28日から『来生たかお Concert Tour '84 Romantic Cinematic』を開始。
  • 7月10日、オリジナルシングル「そっとMIDNIGHT」をリリース。
  • 8月10日、オリジナルアルバム『ROMANTIC CINEMATIC』をリリース。
  • オフィシャルファンクラブの会報『HEAD ROCK』8月25日号(Vol.39)から「TAKAO CLUB」のページが常設。また、オフィシャルファンクラブ「TAKAO CLUB」の会員証を作成開始。
  • 9月14日から10月2日まで、フランスはパリにおいて企画アルバム『LABYRINTH』のレコーディングを行う。
  • 11月1日、オリジナルシングル「白いラビリンス(迷い)」をリリース。
  • 11月23日、29日、12月2日、ポール・モーリアの第14回日本公演『PAUL MAURIAT JAPAN TOUR 1984』にゲスト出演。29日にはTBS系『ザ・ベストテン』で生中継される。
  • 12月1日、企画アルバム『LABYRINTH』をリリース。

1985年(昭和60年/35歳)

  • 3月21日、映像ソフト『LABYRINTH TAKAO KISUGI with PAUL MAURIAT』をリリース。
  • 8月2日から6日まで開催された舞台『小堺クンのおすましでSHOW』にて、小堺一機に提供した「With」が使われる(以降、同舞台の恒例となる)。
  • 8月、ディレクターに誘われたのをきっかけにテニスを始める(以降、45歳まで続ける)。
  • 9月10日、オリジナルシングル「はぐれそうな天使」をリリース。
  • 11月25日、オリジナルアルバム『ONLY YESTERDAY』をリリース。

1986年(昭和61年/36歳)

  • 4月25日、オリジナルシングル「あした晴れるか」をリリース。
  • 6月30日から7月22日、歌手デビュー10周年企画コンサート『来生たかお 10th ANNIVERSARY ELEVEN NIGHT THEATER』を開催。
  • 7月25日、歌手デビュー10周年に際し、既出のオリジナルアルバム7枚(『浅い夢』から『夢の途中』まで)がCD化されて復刻。
  • 9月3日、『来生たかお Concert Tour '85 Only Yesterday』を開始。
  • 9月25日、オリジナルシングル「フェアウェル」、オリジナルアルバム『I Will...』をリリース。
  • 9月30日、レコード店「テイトムセン」の主催でファンの集いを開催(「テイトムセン」で『Étranger』を購入予約した者の中から抽選で5名が参加。また、「テイトムセン」で『Étranger』を購入した者にファンの集いの模様が収録された小冊子『来生たかお』を進呈)
  • 10月1日、『来生たかお Concert Tour '86 I Will…』を開始。
  • 関西にてキティサークル公認ファンクラブ「TAKAO CLUB OSAKA」が発足し、会報『I Will...』を隔月で発刊(創刊号は1987年2月)。

1987年(昭和62年/37歳)

  • 来生がテニスを始めた事で、この年からファンの集いがテニスツアーになる。
  • 5月?日、フジサンケイグループ主催『国際スポーツフェア』?(有明コロシアム)に出演し、神田正輝に勝利(テレビ朝日系『ミュージックステーション』で試合のVTRを一部紹介)。
  • 6月7日、『小椋佳コンサート 君を歌おうとして』に井上陽水と共にゲスト出演(NHK総合で放送)。
  • 7月24日、ディナーショーを初開催。
  • 8月に放送されたTBS系『クイズダービー』の放送第600回記念に文化人ファミリーの1組として姉弟で出演。
  • 10月25日、オリジナルシングル「時を咲かせて」をリリース。
  • 11月25日、オリジナルアルバム『Étranger』をリリース。
  • 12月19日、『来生たかお Concert Tour '87〜'88 Étranger』を開始。
  • 12月24日、25日にクリスマスコンサートを初開催。

1988年(昭和63年/38歳)

  • 「キティサークル」の総合誌『HEAD ROCK』が廃刊、アーティストごとに会報を作成する事になり、オフィシャルファンクラブ会報『égalité』を隔月で発刊。
  • 1月中旬から2月中旬、シンガポールで『TAKAO CLUB PARTY』を開催(4日間)。
  • 2月13日に放送されたNHK総合『加山雄三ショー 競演! 来生たかお・岩崎宏美・島田歌穂』にゲスト出演。
  • 6月21日、フジテレビ開局30周年記念の東宝映画『優駿』のイメージソング「ORACIÓN -祈り-」を、同映画の主演・斉藤由貴とのデュエットでリリース。
  • 7月25日、オリジナルシングル「ORACIÓN -祈り-」をリリース(ソロヴァージョン)。
  • 8月27日に放送された日本テレビ系『24時間テレビ「愛は地球を救う」11』にゲスト出演。同番組のために書き下ろしたテーマ曲「Mail of love」を披露。
  • 9月12日、『来生たかお With フルオーケストラコンサート STÉLLA』を開始(東京都・昭和女子大学人見記念講堂を皮切りに全国5大都市で開催)。
  • 11月25日、オリジナルアルバム『With Time』をリリース。
  • 月日不明、『来生たかお Concert Tour '88〜'89 With Time』を開始。

1989年(昭和64年-平成元年/39歳)

1990年代

1990年(平成2年/40歳)

1991年(平成3年/41歳)

1992年(平成4年/42歳)

1993年(平成5年/43歳)

1994年(平成6年/44歳)

1995年(平成7年/45歳)

1996年(平成8年/46歳)

  • 例年のようなツアーは行わず、各所でイベントへの出演や単発のコンサートを開催。

1997年(平成9年/47歳)

  • キティ・エンタープライズから日本コロムビアへ所属レコード会社を移籍。
  • 1月21日、オリジナルシングル「渇いた季節」をリリース。
  • 2月21日、オリジナルアルバム『Purity』をリリース。
  • 2月22日、『来生たかお Concert Tour '97 Purity』を開始。
  • 5月9日、恒例となっていたアンコール前の観客からの花束やプレゼントの贈呈が休止(以降、ロビーでの事前受け渡しが通例になる)。
  • 5月14日から19日まで予定されていたバリ島ツアー「来生たかお in BALI」(16日に「来生たかおコンサート」)が、申し込み数が予定催行人数80名に満たず、中止。
  • 6月から8月まで、エルダミュージカル『エルダ・フェアリー・パフォーマンス 夢にくちづけ』(7都市・16回公演)に、作曲者として、安田裕美、喜納正明、工藤司と共に参加。
  • 11月1日、企画アルバム『夢より遠くへ -melodies & stories-』をリリース。
  • キティサークル公認ファンクラブ「TAKAO CLUB OSAKA」が活動を終了し、会報『I Will...』は12月号で休刊。

1998年(平成10年/48歳)

  • ニューアルバムのリリースと10月からコンサートツアーの開催予定があったが*16、各所でイベントへの出演や単発のコンサートを開催。
  • 1月21日、オリジナルシングル「どこまでも恋心」をリリース。
  • 4月1日、オリジナルシングル「頬杖の幸福」をリリース。
  • 4月3日に放送されたTBS系ドラマ“柴門ふみ”スペシャル『新・同棲時代』に“KASHIWAGI”役(台詞なし)で出演。
  • 7月、オフィシャルファンクラブを「TAKAO CLUB」から「来生たかおインフォメーションデスク」に改称、会報を『égalité』(隔月発行)から『別冊 来生たかお』(年4回発行)に改称して発刊(『égalité』はVOL.56まで発行)。
  • 8月8日、『鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM?』を開催。以降、2005年まで恒例となる。
  • 9月16日、ゴールデンレトリバーの愛犬"マル"(初代)が死去するが、同年内に同じくゴールデンレトリバーを入手し、再び"マル"(2代目)と命名。

1999年(平成11年/49歳)

  • 2月13日、『来生たかお Concert Tour '99 Picturesque Melody』を開始。
  • 6月、一般公募による宝塚記念の新ファンファーレの選考委員に就任。
  • 7月11日、第3回阪神競馬開催期間中に行われたイベント『FUN FUN FUN Festival』の一環として、阪神競馬場内のFM番組に出演し、パドックにおいて斉藤由貴とのトークショーに参加。場内では「夢の途中」や「セカンド・ラブ」等がBGMとして使用される(同日、選考を務めた新ファンファーレの表彰式が開催)。
  • 9月24日、『井上陽水シークレットライヴ』にゲスト出演し、「少年時代」の伴奏を担当する(NHK総合・NHK-BS2で放送)。
  • 10月28日、自動車の運転免許を取得。

2000年代

2000年(平成12年/50歳)

  • 1月、オフィシャルファンクラブの業務及び会報『別冊 来生たかお』の発行が終了。
  • 1月、実父の末藏が死去(享年80歳)。
  • 日本コロムビアからキティMMEへ所属レコード会社を移籍。株式会社シンプレックス・ミュージックに所属事務所を移籍(その後、株式会社クオレ・ディヴェロップメント→株式会社クオレ・ア・ドマーニに移籍)。
  • 5月15日に放送された関西テレビ・フジテレビ系『SMAP×SMAP』内のコーナー『SMA☆SMASH』にゲスト出演。
  • 10月21日、オリジナルマキシシングル「地上のスピード」をリリース。『来生たかお 25th Anniversary Concert Tour 2000 Dear My Company』を開始。
  • 11月10日、オリジナルアルバム『Dear my company』をリリース。

2001年(平成13年/51歳)

2002年(平成14年/52歳)

2003年(平成15年/53歳)

2004年(平成16年/54歳)

2005年(平成17年/55歳)

  • 歌手デビュー30周年記念のオフィシャルサイト特別企画として「来生たかおトークセッション」の第1弾「麻雀」を掲載。
  • 3月12日、『来生たかおソロライブ Stand Alone 2005』を開始。
  • 6月10日に放送されたBSフジ『HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ-POP伝説〜』に姉弟で出演。
  • 8月、歌手デビュー30周年記念のオフィシャルサイト特別企画として「来生たかおトークセッション」の第2弾「将棋」を掲載。
  • 10月15日、歌手デビュー30周年企画コンサートツアー『来生たかお 30th Anniversary Concert Tour 2005 avantage アヴァンタージュ』を開始。
  • 10月19日、2枚組オリジナルアルバム『avantage』をリリース。
  • 12月3日、歌手デビュー30周年企画として、幼少期から現在までの写真をレイアウトした切手シート(80円切手10枚、便箋10枚、封筒5枚)をリリース。

2006年(平成18年/56歳)

2007年(平成19年/57歳)

2008年(平成20年/58歳)

2009年(平成21年/59歳)

2010年代

2010年(平成22年/60歳)

2011年(平成23年/61歳)

2012年(平成24年/62歳)

  • 上半期にヘルニアを発症した為、コンサートツアーの演奏曲目を減らし、以降はMCの割合を増やしたステージを展開。
  • 6月17日、『来生たかおソロライブ Stand Alone 2012』を開始。

2013年(平成25年/63歳)

2014年(平成26年/64歳)

2015年(平成27年/65歳)

2016年(平成28年/66歳)

2017年(平成29年/67歳)

  • 3月28日、オフィシャルサイト内に、活動休止中の近況に触れた「日々是好日」と題したメッセージを掲載。
  • 6月14日、オフィシャルサイト内に、活動休止中の近況に触れた「タバコについて」と題したメッセージを掲載。
  • 9月5日、オフィシャルサイトにて、企画アルバム『One Week』のリリースを発表。
  • 9月29日、オフィシャルサイト内に、活動休止中の近況に触れた「光陰矢の如し」と題したメッセージを掲載。
  • 10月30日、「TEN YEARS ONLINE SHOP」にて、企画アルバム『One Week』の購入予約の受付を開始。動画投稿サイト「You Tube」及びオフィシャルサイト内にて、プロモーション動画「OneWeek? promotion」を公開。
  • 11月8日、企画アルバム『One Week』をリリース。
  • 11月16日、オフィシャルサイト内に、活動休止中の近況に触れた「人生はペーソスだな」と題したメッセージを掲載。「TEN YEARS ONLINE SHOP」にて、映像ソフト『来生たかお 40th Anniversary Symphonic Concert 2015-2016 〜夢のあとさき〜?』の購入予約の受付を開始。動画投稿サイト「You Tube」及びオフィシャルサイト内にて、プロモーション動画「来生たかお 40th Anniversary Symphonic Concert ダイジェスト」を公開。


*1 ファンクラブ「TAKAO CLUB」の会報『égalité』vol.27
*2 復活! 来生たかおトークセッション第二弾(2015.12.12)
*3 来生たかお 40th Anniversary Acoustic Tracks 2016 夢のあとさき
*4 『週刊現代』1997年10月11日号“私の“中毒書”日記 「いまの世界」への疑問を解いた本 ”(講談社/1997)
*5 富沢一誠著『「成りあがり」のすすめ 過激に成りあがるニュー人生論』“第一楽章 生きている! って言えるかい? 井上陽水の曲を分析しオリジナリティーをものにする 来生たかおの場合”(日本文芸社/1985.11)
*6 来生たかお CONCERT 2004 in Autumn』のMC
*7 富沢一誠著『「成りあがり」のすすめ 過激に成りあがるニュー人生論』“第一楽章 生きている! って言えるかい? 井上陽水の曲を分析しオリジナリティーをものにする 来生たかおの場合”(日本文芸社/1985.11)
*8 来生たかお Concert Tour '84 Romantic Cinematic』のツアーパンフレット
*9 『JUNON』1982年9月号“ホットピープル 姉弟コンビが紡ぎ出す絶妙のダブルファンタジー”(主婦と生活社/1982)
*10 来生たかお 20th Anniversary Concert Tour '95〜'96 夢より遠くへ』のツアーパンフレット
*11 『シティロード』1982年3月号“追っかけインタビュー”(エコー企画/1982)
*12 『週刊宝石』1982年3月?日号“さりげなくヒットソングを生み出す 来生たかお(31才)”(光文社/1982)
*13 ベストアルバム『BIOGRAPHY II』の付録「TAKAO KISUGI Club vol.2」
*14 『JUNON』1982年9月号“ホットピープル 姉弟コンビが紡ぎ出す絶妙のダブルファンタジー”(主婦と生活社/1982)
*15 『?』1983年?月号“VISUAL UP!”(?/1983)
*16 『マルチミュージック』1998年6月号“趣味で始めた音楽を22年もやれたことが幸せ”(大阪有線放送社/1998.06.01)
*17 エフエム世田谷『三浦和人とドクター弘美の心デトックス・ナイト』(2015.11.06)