創発ブレサガ番外編012


創作発表版ブレイブサーガ

 某月某日、都内某所。
 駅前の繁華街に位置する居酒屋に、彼らはいた。
 駅雨という立地で、今日が週末という事もあり、仕事帰りのサラリーマンで賑
わう店の奥に陣取る二人の男は、それぞれの手にグラスを収めつつ、赤みがかっ
た顔を綻ばせて会話を進めていく。
「しかし爺さん、お姫さんを追いかけて仕事フケるとは、なかなか面白いじゃね
えか」
 ノーネクタイの黒のスーツを身に着けた男、真島烈は、獣のような精悍さを持
つ顔を崩し、豪快な笑声をあげる。
「いやあ、すまねえ。ちっとばかし盛りあがっちまってよ」
 烈の対面に座るのは、居酒屋には似つかわしくない白衣を身に着けた初老の男、
高遠光次郎。
 言葉とは裏腹に悪びれた様子の無い光次郎は、軽い悪戯を咎められた少年のよ
うな笑みを浮かべながら、日本酒の入ったグラスを傾ける。
「なにしろ、クレイオンの奴がいてもたってもいられねえ、って様子だったもん
だからよ」
 向かいでグラスに入ったテキーラを一気に煽り、次の酒を注文する烈を見なが
ら、光次郎はクレイオンと共に孫娘の後を追いかけた日の事を思い返す。
 友人と買い物に出かけた孫を見届けるはずが、思わぬ波乱の連続になってしま
い、ちょっとした事件となった日の事を思い出す光次郎の口の端が持ち上がる。
「騎士さんも大変だな。早希はアレを分解したがってやがるし」
「クレイオンのやつぁ困ってるが、あのお嬢ちゃんは活きが良くていいねぇ。最
近の若いモンはどうも冷めてていけねえや」
「爺さんになっても活きが良いと、孫を追いかけて自分の仕事フケちまうんだろ?」
「それが長生きする秘訣、ってモンよ」
 そりゃ結構、と笑い飛ばした烈は、新たに手にした酒を一気に飲み干す。
「おいおい、そんなに飲んで大丈夫かよ?」
「破鋼拳を使う奴は、呼吸のおかげでアルコールの分解が早いらしくてな。こう
でもしないと酔えねえんだよ。酒代がかかってしかたねえ」
 空になったグラスをテーブルに置き、代わりに懐から取り出した煙草に火を点
けた烈に合わせ、光次郎も煙草を取り出す。
 この日、二人が互いの庭の外で酒席を共にしているのは偶然ではない。
 光次郎がクレイオンと共に孫娘、マドカを追いかける日に果たすべきであった
用件である科学雑誌、「月刊 科学野郎Aチーム」の取材が今日改めて行われ、
その場に烈が同席していたのだ。
 科学者でない烈がその場にいたのは、雑誌の特集として予定されている「鋼騎
の明日を考える」という対談のためであり、それはつまり、
「あの日はずっと待ちぼうけだったのかい?」
「俺個人への取材もあったけど、対談は一人じゃできねえよ」
「そりゃ悪かった。まあ、たまには島の外で一息つけた、って事で許してくれや」
「ああ、そういう事にしときますか」
 口から紫煙を吐き出し、吸い終わった煙草を灰皿に押しつける二人の男の間に
入るように、店員が注文された品をテーブルの上に置く。
「……おい、爺さん」
 新たな酒を注文し、二本目の煙草を取り出そうとした烈の言葉と表情が、突如
として硬質なものへと変化していく。
「ん?」
「こりゃ、どういうこった?」
 先ほどまでの笑みの一切を消した烈の視線が注がれているのは、今テーブルに
運ばれた皿。
 その上に盛られているのは、
「どうもこうも、焼き鳥じゃねえのか?」
「ああそうだよ。これは焼き鳥だ」
 皿の上に盛られた十本ほどの焼き鳥を前に、烈は、だけどよ、と言葉を続ける。
「何で一本もタレがかかってねえのか、って事が言いたいんだよ、こっちは」
「あぁん? タレだぁ?」
 烈の言葉を受け、今度は光次郎の表情から笑みが消える。
「焼き鳥つったら塩に決まってるだろうが。これだから若いヤツぁいけねえ」
 普段なら気にも留めない事なのだが、酒の影響もあり、反論する光次郎の語気
は荒く、強い。
「おいおい爺さん、もうボケがきちまったか?」
 運ばれてきた酒を変わらず一気に飲み干した烈は、グラスを少しだけ強くテー
ブルに叩きつける。
「焼き鳥はな、タレで食うんだよ、タレで。これだから脳ミソが止まりかけてる
世代は」
「真島の倅(せがれ)め、言ってくれるじゃねえの!」
 酒の力が加わった、元来の短気な気性に火が点いた光次郎は声を荒げ、身を乗
り出す。
 店内に響き渡った怒声に、周囲の客の視線が集中するが、二人はそれらの視線
など意に介さない。
「こちとらテメェが生まれる前から塩で食ってんだ! 鼻タレ坊主は黙ってろ!」
「先に年食っただけで威張ってんじゃねえよ! 棺桶が近いジジイは大人しくし
とけ!」
 その剣幕に気圧され、店内が静まり返る。
「あ、あの……お客様?」
 この事態を収拾すべく、店長である中年の男性が二人に声をかけるが、
「んだテメェは!? グダグダ抜かしてるとテメェの家の前で鋼騎の演習すんぞ!」
 咆哮にも似た烈の怒声の前に言葉を失ってしまう。
「ともかく、俺ぁタレなんてニセモノなんざ絶対に認めねえ!」
「上等だジジイ! 表出ろ! タイマンだコラ!」
 永遠に分かりあえる事の無い命題を背負った二人の舌戦は、この後、二時間に渡っ
て繰り広げられ、店長の決死の懇願により、ひとまずの終焉となったのであった。
「で、こういう事になったのね?」
 居酒屋の一件の翌日、自室のベッドで横になっている烈を見下ろしながら、白の
ワンピースを着た白人女性、ソフィアは呆れた顔で手に持っている一枚の紙に目を
通す。
 そこには、「合同模擬戦開催の件」というタイトルの下に、その詳細が書かれて
おり、最後は烈の直筆のサインで締められている。
 ソフィアは紙を折りたたみながら、破鋼拳の呼吸をもってしても御しきれないほ
どのアルコールを取り込み、二日酔いでダウンしている夫に再び視線を移す。
「……模擬戦の話自体は、前々から話には出ていたんだよ」
 ベッドで横になったままの烈の言葉は、普段から考えられないほどに弱々しい。
 烈の率いるメタル・ガーディアンを始めとして、人型の戦闘用機動兵器を有する
組織が協力関係にある現在、各組織はそれぞれの持つ技術や知識を共有し、互いの
発展に役立てている。
 その中で話題にあがっていたのが、それぞれの組織が有する機体を直接戦わせ、
戦う者は経験を、バックアップする者はデータを手に入れよう、というものであっ
た。
 だが、直接の戦闘行為は模擬戦であろうとも危険である事に変わりなく、万が一
の事態を考えると、なかなか実行に踏み出せないままでいたのだ。
「ちょうどいい機会、と捉えるべきじゃないか?」
「こうなった経緯を知らなければね」
 昨夜遅く、泥酔して帰って来た夫の口から今回の経緯を全て聞いたソフィアは、
苦笑しながら烈に水を渡す。
「それにしても、男って変な所にこだわるのね。ヤキトリの食べ方一つで大騒ぎし
ちゃうなんて」
「男には引けない場面があるからな」
 上体だけを起こして水を飲み干した烈は、ソフィアの持っていた紙を受け取ると、
泥酔した勢いのまま綴った自分の文章を改めて確認する。
 他の組織とは違い、日本の公的機関であるメタル・ガーディアンの長としての真
島烈が書いたその文面は非常に硬く、文章だけを見れば、いかにも堅物の役人が書
いたのだという印象さえ与えてしまうものであった。
 ソフィアにチェックを任せたとはいえ、泥酔しながら書いたにしては上手く出来
た文面に目を通す烈は、その内容を再度確認する。
 目的――あくまで表向きの、ではあるが――は、組織間の交流と発展。
 日程は一週間後。
 場所は、創世島の地下にある鋼騎の室内演習場。
 模擬戦を行うのは、
「それにしても」
 自分の思い描いていた予定が間違い無く書かれている事を一つずつ確認していく
烈の頭上から、妻の声が投げかけられる。
「悠羽とクレイオンで模擬戦なんて、ね」
「まあ、元々は俺と高遠の爺さんが原因だしな」
 内容全てに目を通し、ミスが無いと判断した烈はソフィアに紙を返し、新たに注
がれた水を飲み干す。
「剣を相手にどう戦うか、悠羽にとっても良い経験になるだろうさ。……じゃ、そ
いつを各組織に通達しといてくれ」
「ええ、分かったわ。それじゃ、おやすみなさい」
 最後に、夫の唇に自身の唇を重ねたソフィアが部屋を出ようとドアノブに手をか
けた時、
「ソフィア」
「あら、どうしたの?」
 ソフィアの持つ青の視線と、烈の黒の視線が重なる。
「……お前は、焼き鳥は塩とタレ、どっちが好きだ?」
「そう、ねえ」
 普段あまり食する事の無い料理の好みを聞かれたソフィアは、宙に視線を移し、
思案する。
「私なら、チーズとバジル、あとはトマトソースで頂くわね」
「……それ、焼き鳥じゃねえだろ」
「細かい事は気にしないの。それじゃ、また来るわ」
 烈の批難しみた視線を笑顔一つで流したソフィアは、手を振って部屋を後にす
る。
「さて、あの爺さん、ちゃんと応えてくれっかな」
 一週間後の事を思いながら、烈は再び眠りに落ちた。
 これが、後に「焼き鳥代理戦争」と呼ばれる、合同模擬戦の始まりであった。


Menu

最新の40件

2010-04-21 2011-01-24 2011-08-31 2010-10-15 2016-06-15 2014-01-21 2013-02-10 2013-02-07 2013-02-06 2013-02-04 2012-07-27 2012-01-08 2011-09-01 2011-08-31 2011-01-27 2011-01-26 2011-01-25 2010-10-15 2010-07-02 2010-04-21 2010-04-05 2010-03-15 2010-02-28 2009-09-26

今日の19件

  • counter: 428
  • today: 1
  • yesterday: 0
  • online: 1

edit