創発ブレサガ第2話


創作発表版ブレイブサーガ





 −0−


 四ヶ月ほど前になる。
 その日、未開通トンネルの秘密基地にやって来たえーいち朗少年は、どうしてだか、ひ どく怒ったような顔を
していた。
 国鉄DD−51形ディーゼル機関車の形態で暗闇に巨体を落ち着け、戦いの傷を癒していたディムロードは、
会って何よりもまず先に、この小さな友人の不機嫌の理由を訊ねざる得なかった。

「みんな、ディム郎のこと、悪いロボットだっていうんだもん……」

 少年は手摺に捕まりながら機関車の鼻っ面に昇ってから、憤懣やるかたないといった具合に、今日あったこと
を話し始めた。
 ディム郎を悪く言われるのがどうしても許せなくて、クラスメイトと殴り合いのケンカをしたこと。ディム郎
が正義の味方だとみんなを納得させられなかったこと。暴力を振るったことについては謝ったけれど、ディム郎
がワンダラーズの仲間だなんて絶対に認めなかったこと。

「くやしいよ」

 えーいち朗はぐちゃぐちゃになった感情を、そのまんま口から吐き出した。話すうちに加熱していき、瞼にじ
わりと涙が浮き、語気はだんだん荒くなる。

「ディム郎はこんなになってまでワンダラーズと戦ってくれているのにだよ?」

 それまで口を挟まず聴いていたディムロードは、そこで少し迷うようにライトを暗くしてから、努めて穏やか
に言葉を紡いだ。

「えーいち朗、ぼくのために怒ってくれたことは、嬉しく思うよ。だが」
「うん」
「ぼくがこうしてワンダラーズと戦うのは、そうしなくてはいけないからではないんだ。ただ、そうしないでは
いられないだけだ。ワンダラーズを許せないと思う」
「……あいつらが悪者だから?」
「分からない」

 ディムロードは答えた。

「ぼくは“ロボット”だ。もしかしたらぼくを創った誰かが、最初からそんなふうにぼくの心を創ったのかもし
れないね」

 それは、えーいち朗が予想していた、たとえばケンカをたしなめたり諭したりするようなものではなかった。
それはもういいのではないかとディムロードは考えていた。
 えーいち朗には、ディムロードの意図が分かりかねた。それまでの流れから、まったく脈絡がないように思え
てならない。
 だが、ディムロードとの会話に付き合ううちに、この不器用なロボットが、自分自身の心や行動の値打ちを否
定したがっているようなニュアンスを、いくらか言葉の端から感じることはできた。
 そうなるように仕組まれたプログラムを、心と呼べるのか。そのシステムのままに行った英雄的行動に価値は
あるのか。
 喋る自動販売機に心などない。何故なら、それ自身の自由意志で喋っているわけではない、ただの機械的反応
であるから。どんなに丁寧に挨拶をしてみせたって、それはせいぜい、自動販売機の向こう側にいる人間のもの
にすぎない。
 えーいち朗は首を傾げようとして、止める。

(ボクは、そうは思わないけれど)

 だが、少なくとも、ディムロードは、自分だってそういう機械とさして変わらないのではないかと思っている
ようだった。どこまでも立派なヒーローとして応援されても、期待に応えられるかは約束できそうにないと、き
っと言いたいのだ。

「…………」

 えーいち朗は、悩めるディムロードに何と答えたものか考えた。
 このライトグリーンの“勇者”について自分がどれだけ感謝していて、それだけでなくて、ディム郎のことを
友だちとして自分がどれだけ大切に想っているかを伝えたかった。

「……人間だって、そうなのかも」

 選びに選んだはずの言葉は、えーいち朗自身、よく分からないものになっていた。きっと、ディムロードの一
番聞きたかった返答ではなかったのではないかと思う。どうしてもっと綺麗で気の利いたことを口に出来ないの
かと、えーいち朗は子ども心に臍を噛む。
 ディムロードは、何も言わなかった。




   第二話  VS.ストレイダー/九大世界連結



 −1−

 そのとき――
 ディムロードには、敵が左の剣を振り上げた動作までは察知できていた。

(右の剣をぼくの喉元に突きつけた体勢からではどうしたって剣速は鈍るし、隙も大きくなる。航空機系のアシ
の速さもこの距離では活かせないし、駆動出力ならぼくだって引けは取らない)

 ――断然迎撃あるのみ!
 左の剣を全力で打ち下ろすための予備動作で、ストレイダーの腰部が捩じれる。右肘が下がっていき、自ずか
ら切っ先がディムロードの首から外れた。
 ストレイダーの体幹の向きが入れ替わろうとする瞬間。


(ここだ……!)
 ディムロードが左爪先から体重を地中に射出し、右足から滑るように大きく一歩を踏み出す。
 敵の左手側の懐に敢えて飛びこんで、斬撃に速さが乗りきる前に動作を制圧する!
 伸ばしていた右足を地に着け、そこに全身を引き寄せながら右拳でストレイダーの脇腹を穿つ。
 そういう算段だった。
 だが、ディムロードは失念していた。ストレイダーもまた、特異な機構を機体に幾つも搭載した規格外のロボ
ットなのだということを。
 戦略偵察機SR−71ブラックバード型の航空機から変形するストレイダーの両脚部は、二基のターボ・ラム
ジェットエンジンを搭載する。ラバールノズルを足に、垂直尾翼を爪先とし、特徴的なスパイクコーンの突き出
したダクトを膝に配置していた。
 もっとも、正確にはストレイダーのそれは、大気を食って燃やすジェットエンジンではなく、また別の技術で
あり、作動条件も異なる。
 なればこそ、“こういう技”も可能となる。
 右脚のジェットエンジンに命が吹きこまれ、巨大な推力が発生。足底からの排気が、アフターバーナーによっ
て青い炎に変わって糸を引く。
 ストレイダーは全身で離陸しながら側転、ディムロードが警戒の優先度を下げていた右の剣で、予想だにしな
い廻刀技を仕掛けたのだ!
 有翼の剣士が生み出した術理のひとつ、魔剣“影犬(かげいぬ)”。
 闇黒に染まった刃が、まったく未知の剣技によって、ライトグリーンの装甲に突き立つ。

『“Shadow−Nail”――charge up』

 数瞬遅れでディムロードのセンサが、強大な“次元の歪みの力”を感知。
 シャドウネイルと銘づけられた太刀は、エネルギーチャージによりその恐るべき異能を発動。波紋状に広がる
空間の歪みが集束した“次元の衝撃波”とでもいうべき現象が斬撃に合わさり、強靭なディムロードの右肘から
先をも嘘のように斬り飛ばした。

「ディム……郎……?」
「大丈夫だ……っ!」

 友だちの右前腕が重たげに大地に落下する光景を、えーいち朗は呆然と見ていることしかできなかった。
 速度の低下を危険と判断したディムロードは、敢えて制動を掛けず、空いたスペースに機体を捻じこんでいた
が、それでも躱しきれていない。ストレイダーの常軌を逸した速さが、それを許さなかった。
 右腕切断の重傷を負ったディムロードは止むなくバックステップで元いた地点のそばに後退。片腕を失ったこ
とで重心が移動、着地の瞬間にバランスを崩して無様によろめく。
 背後のえーいち朗を気にして、充分に距離を開けることができない。ストレイダーが空中で残心をとり、それ
以降に追撃を行わなかったのは、ディムロードにすれば奇跡といってよい幸運だった。

(競り負けた……!)

 改めて対峙するライトグリーンとダークブラック。
 わずか一度の攻防で見せつけられた、歴然たる実力の差。これまで一対一で敗北したことのなかったディムロ
ードの心理的衝撃は、あるいは機体のダメージより大きい。

「馬鹿馬鹿しい遊技場の用心棒と聞き、正直落胆もしたが」

 漆黒の傭兵ストレイダーが、肘の具合を確かめるように、巨大な手刀を旋回させた。元は空力を最大限に利用
する航空機の主翼である黒の刃が、髄も凍てつく風切り音を生ずる。

「僥倖だったな。まさか俺と同じ巨大人型、同じ力とは」

 ストレイダーが訳知り顔でいった言葉について分析する余裕は、今のディムロードにはなかった。
 この半年間えーいち朗の力を借りてまで探してまるで手に入らなかった、アイデンティティの手掛かり。
 “次元の歪みの力”というディムロードとの共通項を持ち、またディムロードについての何かを知っているに
違いない存在が、すぐ手の届くところにあるというのに。
 ディムロードはそれを優先できない。
 何故なら彼の背後には、そんなものには代えようもない友がおり、また目の前では、絶対に許すことのできな
いワンダラーズの作戦が進行していたからだ!
 ストレイダーの庇護下で、ダークラウンとズリグリーは、キーソードの準備を悠々と終えつつあった。




 ‐2‐


 ――“泡”――。
 ――“泡”――。
 ――“泡”――。
 一個の世界のかたちを、〈賢者〉の尊称を得たその男はあぶくに喩えて説く。
 そして世界はひとつではなく、渚の漣や川の流れに生まれては消え消えては生まれる泡沫の無限とそっくり同
じに、幾らでも存在するとも。時間の流れ、物理法則、あらゆる概念すら、すべての世界において同一ではない
というのだ。

「“世界たちの世界”は広大だ」

 神ならざる身でありながら、神の視点と、全知全能の権能を有するという〈賢者〉。
 哲学、歴史、社会、自然、技術、産業、芸術、言語、文学――あまたある世界の内在、そのおよそすべてを自
動的・網羅的に記録していくのだ。
 それを可能とするならば、〈賢者〉とは、恐らく人類ではない。
 事実として、今の〈賢者〉は人のかたちをしていなかった。
 二、三の車線を優に跨ぐであろう、有り得ざる超巨大バス車両を改造した、空前絶後の自動車図書館を思えば
よい。その威容はもはや、白亜の歴史的建築物に等しい。
 四階建てからなる載積エリアには、木目の麗しい本棚とそれに収まる雑多な書籍。正確を期すなら、そういう
物に似せて作られた、世界たちの事柄を記録する無限情報サーキットが、整然と満載されている。想像を絶する
情報量は、世界内外の変化に伴って今も増え続けていく。
 〈賢者〉。
 空を渡る“移動図書館”の主、あるいは図書館そのもの。
 誰が呼び始めたか、またの名を、“ビブロカイザー”という。

「一個の世界すら、ただの一節の名によって規定されることはない。シャボンの玉が、さまざまに色を変えるよ
うに」

 資格ある者に望みの知識を授けるというその巨大は、感情の篭もらぬ声で眼の前の〈来館者〉に語り掛ける。
響きには冷徹な印象が強い。

「だから、『〈足らざる世界〉がどのような世界か』などという問い掛けには、小生の頭脳をもってしても、安
易には答えかねるところがある。もちろん、あそこがお前たちの原世界と相似であるなどということとは、わざ
わざ小生の口から言うまでもないとしてだ」

 賢者ビブロカイザーの向かいに立つ人物は、口を利かないことでその先を促した。
 そこは暗闇だった。〈科学の都市〉世界のどこか、恐らくは前人未到のはずの深海。意思ある移動図書館の、
今回の移動先だった。
 もちろん、まっとうな人類はそこへ通り掛かるどころか、この奇妙な図書館の存在すら知る由もない。
 だというのに、来館者は決して少なくはなかった。一個の世界に納まらない者たちは、我先にと居場所を捜し
当て、己が資格ある者であるかを試すのだ。
 得難い情報を得るために。

「ただし、あそこには、およそ奇跡というものがない。都合のよい幸運で誰かの命が救われ、手が差し伸べられ、
どうにもならないことがどうにかなることはない。何ぴとも、無慈悲な神が賽で決めるような、自らの運命を覆
すことはできない。それは、必ずしも真実ではないが、取り敢えずは“そういうことになっている”」

 おかしな話だった。
 不可解があった、虚偽があった、齟齬があった、矛盾があった。これが仮にも〈賢者〉の尊称で呼ばれる者の
発する言葉かと〈来館者〉は思った。
 しかし、〈来館者〉はここでは敢えて口を噤んだ。

「さて。『あのディムロードとは、何者か』、お前はこうも問うたが」

 機先を制するように、ビブロカイザーがそれに言及したからだ。
 差し当たって、〈来館者〉の最優先事項がそのことだった。
 〈足らざる世界〉の、ディムロード。
 ライトグリーンのDD51形ディーゼル機関車から変形する、謎の巨大ロボット。次元の歪みの力で駆動し、
貧弱な武装を剛力と体術で補う戦士。
 ビブロカイザーと同じく多世界を巡る危険な集団ワンダラーズに対して孤独な戦いを挑んだディムロードは、
〈来館者〉の綿密な調査を嘲笑うかのように、その正体を未だ明らかにしていなかった。
 〈足らざる世界〉に起源を持つ存在なのか、異世界からの来訪者なのかすら、判然としないのだ。
 〈来館者〉は焦っていた。
 計画のためには、可能な限り早くにその正体を知る必要があると、そういう予感めいたものがあった。

「手掛かりだけ教えてやろう。“ディムロードとは――”」

 それまで無造作に氷の塊を打つようだったビブロカイザーの声に、初めて事態を面白がっているような響きが
混じった。

「“――可能態である”」

 意地悪な〈賢者〉は、それきり黙りこくり、〈来館者〉に取り合わなかった。
 やがてひとりに戻ったビブロカイザーは、世界群の一部に生じた、ちょっとした異変を興味深げに確かめる。
神の視点で、九つの泡が数珠状に繋がる光景を視るのだ。

「待っているぞ」

 呟く声には、わずか、天体観測をする少年のような無邪気さがあった。




 −3−


(キーソードを破壊する)

 やはり、それしかあり得ない。
 ディムロードは冷静に優先順位を付ける。

「いやはや、長かった……、実に長かったですよ。“他の世界では”混乱と闇に乗じてこっそりと仕込みをさせ
ていただけましたのに、ここではいつもいつも、いつもいつも! 嗅ぎつけたディムロードに邪魔されましたか
らね。どういう地獄耳してるんだか」

 ダークラウンの声には、既にすべての懸念が払拭されたかのような油断があった。それほどストレイダーの腕
を信用しているのかもしれない。
 眼下のスライム状巨大怪獣ズリグリーは、不器用な手でキーソードを振り翳し、おとなしく来るべき“刻”を
待っている。
 キーソード。前方後円のかたちをした、鍵穴のような“鍵”。先ほどから、眩暈のするほど強烈な“次元の歪
みの力”のようなものを発していた。ワンダラーズが実行する今回の作戦において、あれが最重要の品であるこ
とは疑いようがない。
 破壊できれば、その企みを水泡に帰すことができるかもしれない。ディムロードは拳を握り締める。
 上空に浮遊しているダークラウンを狙ってもいいが、ダミーを駆使して変幻自在の立ち回りをする道化師の撃
破は、時間を馬鹿食いする。さらに、あちらから戦闘に参加して来ることはまずないだろう。これまでがそうで
あったし、わざわざストレイダーを雇ったのはキーソードの運用に集中するためとも考えられる。つまり放置で
よい。
 問題は、この土壇場で飛来した、漆黒の兇剣士ストレイダー。次元衝撃波の必殺剣と、術理の巧緻性。一対一
でディムロードを凌ぐ、敵の鬼札。キーソード持ちのズリグリーとの間に割って入り、通れるものなら通ってみ
せろと挑発する。

(ストレイダーに関しては、まともに相手をするべきではない。よしんば斃せたとしてもワンダラーズの企みを
阻止できる余力が残るとは思えない)

 幸い、知能も低く鈍足なズリグリーは、個体数が多い分厄介ではあるが、まだそれなりに対処できそうではあ
る。希望的観測になるが、キーソードを破壊できればダークラウンともども退くかもしれないし、こちらが退い
てもよい。これもあるていど無視できる。

(どうにかストレイダーをすり抜けて、一撃をキーソードに叩きこむ!)

 そのためには、まず“意表を突く”必要がある。
 ストレイダーの思いもよらない攻撃で、かつそれに乗じて動けることが望ましい。
 利用できるものはないか。環境、状況を確認。
 運動場、学校の校舎、花壇。
 ストレイダー。その向こうにズリグリー、目標(キーソード)は地上およそ三四メートル。空にはダークラウ
ン。落ちた右腕が転がっている。

 ――仕掛ける!

 ああでもないこうでもないと悩む時間が惜しい。
 瞬時に戦術を組み立て、ディムロードが跳躍。
 立ち塞がるストレイダーに渾身の跳び蹴りを浴びせると見せ掛け、

『Form Change――』
「それは読んでいた」

 最接近からDD51形ディーゼル機関車に高速変形し、黒い翼の下を掻い潜る。ディムロードの変形機構は、
車体を半ばから折り、両端を足先とするため、空振りに終わった蹴りの慣性を利用できる。

『“Shadow−Nail”――charge up』

 間髪入れずストレイダーは低空飛行で迎撃。交差する直前から、片足のスラスターに点火。円弧の動きで、地
上を這うディムロードを捉える。
 二度目の、魔剣“影犬”。
 だが、ここに来てディムロードは、ストレイダーの予測を上回った。

『――Error』

 システムボイスが告げたのは、“ディムロードの変形の失敗”。ディムロードは鉄道車輌にならず、またキー
ソードからはまるで関係ない方向へ仰向けにスライディングしていった。さりとて、逃走を図ったわけでもない。
 ディムロードの真の狙いは、斬り飛ばされてグラウンドに転がる、自身の右腕!
 それを滑走しながら脚に挟んで攫う。臀部に重心を移動し、左腕で座標軸を調整。
 ディムロードの両脚は、DD51形ディーゼル機関車の車輌両端部であるが、どちらも変形時に九〇度回転す
るため、ロボット形態の基本体勢においては動輪は背面に位置している(ディムロードが内股や外股もできるこ
とは言うまでもない)。
 当然、それを戻すと、二本脚の間に車輪が向かい合って並ぶことになる。
 そこで二列の動輪で固定した物体を、ピッチングマシンの原理で投射すれば、銃砲火器のない機体でありなが
ら強力な遠距離攻撃手段を得られる。
 それこそが、DDアタックに続く、ディムロード第二の必殺技。ディメンジョン・ディレールメント・キャノ
ン。すなわち、

「DD、キャノン!」

 ――発射。
 破壊された右腕は、即席の砲身によって、奇しくも“空飛ぶ拳”となった。
 耳を聾する轟音。金属でできた物体同士を激しく打ち合わせたような種類のものだった。物が破砕されるとき
の甲高い悲鳴の他に、物が撓(たわ)んだのであろう鈍い響きがある。

「やったぁ!」

 ズリグリーのずんぐりした腕が、着弾の衝撃で千切れ飛んでいた。えーいち朗は、単純にその事実を認めて歓
声を上げた。
 ただし、当然、ディムロードの狙いはズリグリーではなく、中ったのもズリグリーではない。

 ――ぐわん――

 三者の視界の中、キーソードは大きく揺らいでいた。
 DDキャノンだ。直撃弾だった。
 砲弾の役割を終えた右腕の残骸が、破片をばら撒いて落ちる頃になって、ダークラウンが両頬を手で押さえて
絶叫。見ようによっては滑稽な仕草だったが、当人はいたって深刻であった。

「な、な、何ということをーッ!?」
「やってくれたな……!」

 まんまと出し抜かれたストレイダーが、怒りをジェットエンジンにくべて離陸。反応しようもない速さでディ
ムロードの領空を侵犯。それは、えーいち朗の目には、避けようのない“死”そのものにも見えた。

「ディム郎ッ!!」

 歓喜から一転して恐怖の表情となった少年に指摘されるまでもなく、ディムロードも発射後の報復のことを考
えていないではなかった。
 しかし、最初にストレイダーの速さを身をもって味わわされていたディムロードは、ついにその対処方法を見
つけることができないまま、キーソード破壊を敢行していた。
 DDキャノンは、捨て身の攻撃だったのだ。
 回避は、間に合わない!

『“Dark−Fang”――charge up』

 ディムロードの心臓部が、ストレイダーの突き出した左翼の剣に貫かれた。右のシャドウネイルと対になるも
う一本の太刀、ダークファングの纏う次元の衝撃波の前に、胸部装甲が何の役に立つだろう?
 引き抜かれる黒い刀身。
 前のめりにゆっくりと傾いでいくライトグリーンの巨体。
 えーいち朗は、喉を嗄らして、機械仕掛けの友だちの名前を叫んだ。




 −4−


「フーゥ。一時はどうなることかと思いましたが」

 ダークラウンは、わざとらしく安堵の溜め息を吐いた。
 あれから、ディムロードがキーソードを狙撃してから、およそ数刻という時間が経過していた。太陽が西の地
平線に近づいて行き、その光を黄金に変えつつあった。

「キーソードはこれでなかなか頑丈だったようで、どうにか事なきを得たようですね? いや、いや。これはび
っくり僥倖!?」

 結論を言えば、ディムロードの捨て身の攻撃は、ワンダラーズの計画に大きな影響を与えなかった。〈足らざ
る世界〉においては、“必ず報われるものなどない”のだ。
 実際には、キーソードの損傷のほどは定かではない。おどけてみせるダークラウンは、実はキーソードについ
ては、さほど詳しくないのだった。
 ただ、ディムロードの攻撃を食らいながら外装に異状はなく、また出力される“次元の歪みの力”も規定値を
保っていたことから、特に機能に問題はないだろうと大雑把な判断を下していた。

「座標よーし、関係ないけど風向きよーし!」

 調子づいて来たダークラウンがあれこれと奇矯な振る舞いに及んでいるのには構わず、ストレイダーは両腕の
太刀を脚の前で交差させる基本姿勢で事態の推移を見物していた。ディムロードを戦闘不能にした以上、傭兵と
しての今回の仕事はほとんど終わったといってよい。
 ワンダラーズは、この後、定刻を待つだけだった。異世界との隔たりが最も薄くなるという時間帯にあって、
キーソードの機能が最も活性化するとされる時刻だ。
 〈足らざる世界〉の黄昏だ。
 余裕あるワンダラーズの一方で――

「ディム郎っ! ディム郎っ! 目を覚ましてよぉっ!」

 校庭の隅では、えーいち朗少年の悲痛な叫びが続いていた。
 そこに無造作に投棄されていた、見るも無惨なライトグリーンの金属塊が、〈足らざる世界〉のために戦った
ディムロードの、成れの果てだった。
 沈黙、ただ沈黙。
 えーいち朗の頬を伝って、悔し涙が装甲板に落ちる。だからといって何も変わらない。当たり前だ。〈足らざ
る世界〉とはそういう世界なのだから。

「ディム郎ーっ!!」

 もう、幾度その名を繰り返したことか。必死の呼び掛けには、鬼気迫るものがあった。
 えーいち朗は後悔していた。
 あの日のことが、これまでのことが、ぐるぐると頭の中を巡って堪らなかった。もっとちゃんと仲間を探して
いれば。もっときちんとクラスメイトを説得できていれば。
 もしかしたら、こんなことにはならなかったのではないか。
 何が、『“勇者”がいたらなぁ』だ。そんなことを言うより前に、ボクにはきっと出来ることがあった!

「……えーいち……朗か……」

 不意に、名前を呼ばれた気がした。
 えーいち朗は、初め、それを空耳かと思った。
 だが、見ればディムロードの眼は、弱々しくではあったが、確かに光を取り戻していた。

「ディム郎!? 大丈夫なの!?」
「これくらいでは、まだ、死にはしない。だが、メイン動力炉をやられては。動くだけの力はもう……」

 それでも奇跡だ。とえーいち朗は呟いた。〈足らざる世界〉に、奇跡はないのに。

「そうだ。世界は、どうなっている……?」

 か細いディムロードの声に、えーいち朗はハッと顔を上げた。
 このライトグリーンの戦士が倒れた今、ワンダラーズの企みを止められる者は、もういないのだ。
 ふたりは揃って夕陽に染まる学舎のほうを向き、そして、“とうにすべてが手遅れとなっていた”ことを、知
った。

「おおっとそろそろ時間かな? ここに、不肖、この闇の道化ダークラウンが、皆様にその刻をお知らせさせて
いただきましょう!」

 ダークラウンは、キーソードに十本の指を置いていた。
 “どうにもならないことは、どうしようもない”。この〈足らざる世界〉は、そういうところ。時計の針が止
まらないように、時計の針が戻らないように。
 ――“刻”は、来た。

「今こそ、九大世界の連結を! “超次元ワンダランド”の完成を!」

 喝采がある。誰かの。
 喝采がある。どこからかの。
 ワンダラーズにとっては、待ち望んだ瞬間だ。これまで半年に渡って、ディムロードなんて得体の知れない輩
に阻まれて続けて来たもの。
 それを、ようやく、我が物とすることが出来るのだ。

「さぁって、それではお待ちかね。心の準備はよろしいか?」

 これまでの苦労が報われることを思えば、ダークラウンの声も弾もうというものだ。
 そこからは、ダークラウンの独壇場だった。

「開っ――」

 そして、ついに、長きに渡るディムロードとえーいち朗の決死の妨害も虚しく、ダークラウンはその毒手をも
って、

「――放っ」

 眠れるキーソードを、作動させた。
 初めの異変は、キーソード本体の表層において明らかだった。
 黒ずんだ方形の刀身にびっしりと浮かんでは消える、それは異界の“文字”。人知及ばぬ文字らしき何かとは
表現できる。
 もしも、ここならぬ〈紅蓮の血闘〉世界に生まれた者がこれを見たなら、かの地の人類を襲った戦闘狂的生物
兵器によって運用される機動兵器群の装甲に刻まれていた謎の文字との類似性に言及したかもしれない。
 かくて次元がゆがむ、空間がひずむ。
 打ち抜かれた開放点において、前方後円の“鍵”は、そのまま“鍵穴”となる!

 ――とびらが、開く。

 異界に通ずる門だった。
 空間の孔そのものとなったキーソードは、大気に溶けるようにしてすぐに人類に視認できなくなった。そう、
この門じたいは肉眼で捉えることができない。異界との行き来の方法を知る者は、ワンダラーズと、それから、
あるいは――
 ワンダラーズが前もって同じ仕掛けを施しておいた〈足らざる世界〉を含める九つの世界において、九本のキ
ーソードが連鎖的に起動、ビーズで作った首飾りのようにそれらすべてを一個の“環”として繋げる。
 そう、〈足らざる世界〉と、どこか他の世界どころではない。
 “九”つの世界が連結されていた。ワンダラーズが連結してしまった!

「ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ――ッ!!」

 道化師の哄笑を、ディムロードとえーいち朗はただ聞くしかできない。この〈足らざる世界〉を守り切れなか
った、みじめな敗北者として。

「――〈足らざる世界〉!
 ――〈騒嵐の世界〉!
 ――〈科学の都市〉!
 ――〈高速格闘フィールド〉!
 ――〈紅蓮の血闘〉!
 ――〈鋼の騎士道〉!
 ――〈願い人の対局場〉!
 ――〈歪みの最大たる次元〉!
 ――〈黄金精神〉!
 以上、九大世界の連結をもってッ! 史上最大ッ! 環状総合遊園地ッ! 我らが楽しい〈超次元ワンダラン
ド〉、ここにめでたく完全開園ッ! もう退屈とはサヨナラバイバイ! スリルとショックとサスペンス、エキ
サイティングよコンニチハ! これもひとえにお客様、みんなのご支持のあってこそ!」

 ディムロードとえーいち朗は、一瞬、ダークラウンが何を言っているのか分からなかった。いつもの調子で声
を張った道化の語った内容は、ふたりがこれまで漠然と予想を立てていたワンダラーズの当面の行動原理とは、
スケールからしてまったく異なっていた。
 〈超次元ワンダランド〉。
 九つの世界からなる、遊園地。

「ディム郎、今の……!」
「九つの異世界を繋げるなどと大掛かりな真似をしておいて、それで造ったのが一個の遊園地だと!?」
「そうですよ」

 ダークラウンは機嫌よく囀った。

「ワタクシどもの〈超次元ワンダランド〉は、笑いあり涙あり不思議と感動ありの総合アミューズメントパーク
なのでございまして。お客様が日頃のブルーな心を癒してくださることを、無上の喜びとさせてもらっておりま
すれば!」
「対価は何だ……!」
「え・が・お」

 ふざけた口調とは関係なく、ふたりはそれをまったくの嘘だと見抜く。
 もし、純然たる善意からの行いだとすれば、ワンダラーズの精神は理解を隔絶した怪物だとしか言いようがな
い。
 そこはもちろん、娯楽の提供を大義に掲げながら(それにしても、どこまで真実か分かったものではないが)、
何らかの“旨味”があるに決まっている。金銭でなくとも、たとえば名誉欲的なものや、負の思念そのものを食
らう存在であるとか、そういうことも有り得なくはないだろう。
 いずれにしても、怪電波に操られて暴れさせられた人びとの苦しみを、ズリグリーやアミューズメントマシー
ンの破壊活動のために流された涙を、ディムロードの戦いを、えーいち朗は忘れない。
 だから、断言できる。どれほどの嘘と都合のよい解釈で奉仕者を気取ろうが、

 ――ワンダラーズは、“悪”だ!

 許してはおけない。絶対に。誰かが言った。“自分の考えを押しつける者とは戦わなくてはならない”。
 言うまでもなく、ディムロードも、えーいち朗と同じ意見だった。
 だが、その“悪”に対して、今のふたりは何も出来ない。ディムロードは重傷を負っていたし、えーいち朗は
あまりに無力だった。
 それどころか――

「さてさてそれでは。こけら落としに、いっちょう派手に! お邪魔な虫けらディムロード! お払い箱のディ
ムロード! さっくと血祭りに上げちゃって、汚い花火にしましょうか!」

 最後の希望であるディムロードをすら、ワンダラーズはこの世から永遠に消し去ろうとしている!

「おれがやらなきゃ誰がやる? 一座の中から『我こそは』ってぇ、手を挙げる奴ぁいねえのか! 新入りさん
のストレイダーに手柄をやってもいいけれど、さんざ同胞潰されたズリグリーとかどうざんしょ!?」
「GRRRR……!!」

 ダークラウンの口上に乗って、ズリグリーが、“どっと押し寄せてくる”。一体でありながら、それほどの迫
力があった。
 動けないディムロードを、大質量と、内なる金属のあれこれをもって磨り潰すために。
 このスライム状の巨大怪獣の足は、なめくじのように遅い。だが、それだけにじわじわと追い詰められていく
恐怖が掻き立てられる。まして、ディムロードは逃げられない!
 不気味なぬめりを帯びて、絶対的な絶望が、近づいて来る。
 ディムロードは“死”を覚悟した。力及ばなかったと自身の命ならまだ諦めもつく。
 だが、せめて。

「えーいち朗、きみだけでも……」

 ――逃げるんだ。早く。
 最悪の状況下、振り返ってそう告げようとしたディムロードは、そこで我が眼を疑うことになった。
 えーいち朗はもう、背後にはいなかった。
 あの小さな体は、ディムロードの前に。
 未熟な両腕を精いっぱいに左右に伸ばして、ディムロードを背中に庇うように、ズリグリーに立ちはだかって
いた。

「……来るな」

 瞳に浮かぶのは、怯えでもなく、怒りでもない。心は熱く、なのにどこまでも落ち着いていた。
 後悔が少年を変えたのだ。その是非はともかく。
 今、出来ることは、何か。えーいち朗は考えて決めたのだ。幼く、無力でも。

「えーいち朗!? きみは一体、何を考えているんだ……! よせ! ……早く、逃げてくれっ!」
「ごめん」
「きみのその行動には、何の意味もない!」
「分かってる」

 実際、それはまったく、無意味な行為だった。
 ズリグリーを人間ごときが止められるものか。怪獣に人間の声など通じるものか。
 えーいち朗少年がするのは、ただの“無駄死に”だ。ディムロードは焦った。動力炉に再び火を入れようとす
る。――不可能。
 ならば、説得するしかない!

「ぼくがいなくなっても、だとしても、それで希望がなくなるわけじゃないっ!」

 ワンダラーズの台頭で、今後この〈足らざる世界〉がどうなるかは知れないが、少なくともすべての未来がた
だちに潰えることはないだろうと思えるのに。
 暗黒の時代であっても、人類の科学技術の進歩であるとか、ディムロードと同じようなロボットの出現である
とか。
 生きてさえいれば、もしかしたら――

「今、ここで死んでは、何もかも終わりなんだぞっ!」
「そうだね」

 えーいち朗は、大人びた顔で微笑んだ。

「何故だ、きみは……」
「こんなことをしてもディム郎は喜ばないって分かってる。お母さんお父さんにだってごめんなさいって思うよ。
それでも」

 ――こうでもしなければ、ボクは、ディム郎に何をしてあげられるっていうんだろう?

 ディムロードはそれを理解できない。
 えーいち朗はただ、報いたかっただけなのだということ。
 このライトグリーンの“勇者”について自分がどれだけ感謝していて、それだけでなくて、ディム郎のことを
友だちとして自分がどれだけ大切に想っているかを伝えたかった。
 〈足らざる世界〉で、たったひとり。
 巨きな怪獣に踏み潰されたって。

 ――“ボクたちはずっと友だちだって”!

「あっち行け、怪物」

 だから、えーいち朗は、ズリグリーに立ち向かう。
 殺意に凝った肉塊は、もう、すぐそこまで――

「ディム郎は、ボクが守る!」

 えーいち朗は、最期まで目を瞑らないことを、決めた。
 誰もそれを勇気とは呼ばないかもしれない。構わなかった。これは子どもの下らない意地だと分かっていた。
ディムロードといっしょに戦う仲間を気取って、子どもが独り善がりに課したものだ。
 そんなもので、ディムロードを守れるわけがない。自分自身すら、守れはしないのだから。ただ、こんなとこ
ろで死ななくてもよかったはずの少年が、ひとり余計に死ぬだけだ。
 ズリグリーは足を止めるどころか、えーいち朗など見てもいなかった。“悲劇は避け得ない”。
 ディムロードとえーいち朗の死をもって、悲しい哉、早くもふたりの物語が幕を閉じるときが来た。
 何ぴともそれを覆すことはできない。
 あらゆる奇跡を否定する、この〈足らざる世界〉においては。たとえば、颯爽と登場して怪物をやっつけるよ
うな、御伽噺の勇者は存在しないのだから。
 受け入れるしかない。
 それが、〈足らざる世界〉に生きる者の、さだめだった。


 ――けれど、  けれど、“今は違う”!


 ふたりは、まだ、死なない。
 何故なら、今の〈足らざる世界〉は、〈超次元ワンダランド〉を構成する、九つの世界の一。どこまでも無慈
悲なこの世界には、八つの異世界が連結されていた。ワンダラーズが連結してしまった。
 だから、それがやって来る。前提も、法則も、それはすべてを破壊してしまう!
 ここからひとつだけ隣にある世界、〈黄金精神〉という名のその世界から、“〈足らざる世界〉に足らざる者”
が来る!
 にわかに。
 空が、
 翳る。

「……なに?」

 闇の道化ともあろう者が、思わず役割を演じることを忘れてしまうほどに、それは劇的な変化だった。

 焦燥の黄昏から嵐の夜へ!

 輝く雷が、一瞬にして全天を覆った黒雲の腹を食い破り、天界に通ずる階のように落ちる。稲妻というものを、
えーいち朗は生まれて初めて肉眼で見た。音という音が雷鳴に蹴散らされて消えた。
 瞼を閉じる前、白光に染まった視界に、もうひとつ何か動くものがあると気づく。目映い閃光に乗じて、えー
いち朗の頭上を滑るように伸びていく。穏やかなまでに緩慢に。いや、見掛けの速さなど当てにならない。“ズ
リグリーはそれを認識できていない”!
 それは――

(――“右腕”――)

 ――だ。
 機械仕掛けの指、優美にくびれた手首。ケルトの神族の王が損なった我が腕に替えたという、銀の義肢さえ思
わせる――。
 伸びてゆく、伸びて。ディムロードに迫るズリグリーに牙を剥く。
 そこでズリグリーがどのような行動を取るかなどということは、まったく考慮すべき事柄としていない。自然
界において圧倒的な捕食者が行ってみせる狩猟のような。
 一撃必殺!
 雷を帯びた右手は、ズリグリーが断末魔を上げるよりも早く、その巨大質量の一切を蒸発せしめる。生きた細
胞を根こそぎ、一個一粒たりとも、逃しはしない!
 ディムロード、ストレイダー、ダークラウンに、ズリグリー。落雷以前からこの戦場にひしめいていた猛者た
ち、その全員が慄然としていた。
 えーいち朗とディムロードを最大の危機から救い出した何者かは、もちろん、彼らのうちの誰でもあり得ない。
 ならば誰だ。電光のごとく。
 お前は誰だ。雲耀のごとく。
 答えられる者など、そこにはなかった。視線を上方に移動させて地上二三メートルにあるその貌を確かめた、
ただひとりの少年以外には!
 えーいち朗の前に、我が身を盾とするように、雲外鏡の銀色を発する巨大人型の機械仕掛けが全貌を現す!

『ブレイブチャージは果たされた』

 傲岸不遜の来訪者。
 遠雷を我が声に代えて、物を言う。

『些か反則気味ではあったが。果たされたからには我が力、貸してやろう』

 あくまでも一方的に、えーいち朗とディムロードに語り掛ける。そのステンドグラスのような眼は、振り向き
もせず。

「ひ、ひとを驚かすのが生き甲斐のワタクシを、まさか驚かすとは……。やってはいけないことをやってくれま
したね? アナタ――」
「――何者だ? 銀ぴか」
『問われれば、私は』

 ダークラウンが指を突きつけ、ストレイダーが誰何の声を発する。
 答えて影は、

『勇者だ』

 再び、その輝ける掌を、翳した。
 ワンダラーズの誰も知るまいが。〈黄金精神〉世界において、機械仕掛けの怪物たちを破壊し、救おうとした
奇跡の右手だ。
 ワンダラーズの九大世界連結と、えーいち朗の想念により作動したブレイブチャージシステムが、それを召喚
した。
 その名も、

「電光の勇者、アイバンホーンだ……!」

 えーいち朗が憧れた、架空の〈勇者〉がそこにいた。




 −5−


 電光の勇者アイバンホーン。
 人知及ばぬ怪物たちを、存在感だけで圧して立つ。“スーパーロボット”。全身を破魔の白銀に覆った、それ
は〈勇者〉を名乗る者。
 身長はストレイダーをわずかに上回る、二三.七メートル。
 胸甲に燦然たる車輪の紋章と、合わせて二輪馬車めいた姿となる剛力の両脚が、“雷”と親和を持つもうひと
つの属性を表していた。
 すなわち、“戦車”。

 ――地表が削がれる音がする。アイバンホーンの頑強な脚部、その両側面にある大口径車輪が回転している!

 ストレイダーが戦士の本能でいち早く戦闘態勢に立ち返り、雇い主にとてつもない危険が迫っていると察知し
た。彼が歴戦の傭兵でもなければ、この場の誰ひとり、攻撃の発生を読めなかっただろう。ズリグリーの軍団な
ど、雁首揃えて見ているしか出来ない。
 アイバンホーンが疾走り出していた。大車輪のトルクを受け、初動から既に疾風迅雷の速さ。アイバンホーン
は“電光の勇者”であるが故に。
 狙いは、お前だ、ダークラウン!

「――ちょ」

 その身を精巧なダミーとすり替えていてさえ、恐怖を禁じ得なかった。ダークラウンともあろう者が! この
〈勇者〉だか何だかは、蜘蛛糸より細いダミーとの繋がりを突いて、破壊の力を本体まで逆流させて来るのでは
あるまいか!

『“Dark−Fang”/“Shadow−Nail”――charge up』

 護衛役に回ったストレイダーが、突進するアイバンホーンの前に立って変形、剣の切っ先でもある機首で刺突
を放つ。推力最大。さらに相手の速度をそっくり利用する迎撃の技だ。名づけて、魔剣“空影(そらかげ)”。
 黒の魔剣士と電光の勇者が、正面から激突!
 莫大な運動エネルギーが釣り合い、二つの生ける鋼がせめぎ合う。ストレイダーの最大出力は、〈黄金精神〉
世界において無敵を誇ったアイバンホーンの超突進力を押し留めたのだ。
 ストレイダーは会心の手応えを得ていた。黒の剣先は、銀の手甲を砕いてアイバンホーンの掌に突き刺さって
いる。勇者などというからどれほどの強者かと思えば、期待外れも甚だしい。そんなことすら考えていた。
 それが過ちだったと思い知る。
 右手に怪我をさせたからどうだというのか。
 銀色の覚悟は、自壊を厭わず、顧みもしない。これを斃そうと願うなら、何よりもまず頭脳なり心臓なりを破
壊せねばならなかったのに!

『――〈歪みの最大たる次元〉よりはぐれたストレイダー。次元の歪みの衝撃波を黒い翼に乗せる、巨大人型の
魔剣』

 電光の勇者アイバンホーンのセンサが、ストレイダーのおよそすべてをシステムスキャン、謎めいたその正体
を探る。解明は、極めて速やかだった。

『なかなかの力だ。貴様は既に有翼の剣士として完成されつつある』

 尊大な態度は、それなりの損傷を負ってもまるで改まることがなかった。火花を散らしながら、雷声には苦痛
のひとかけらさえない。

『だが』

 発声の音階を一段下げて、

『それでも、完全顕現を果たした私を前にしては、貴様に勝機などない』

 アイバンホーンが、攻撃準備。

「……勇者といったか、銀ぴか」

 何だこいつの力は? “次元の歪みの力”を歪ませ返しかねないエネルギーに驚くストレイダーに、アイバン
ホーンは答えない。見下ろす勇者の眼に、傲然たる戦意が装填。

『ファイナルブレイブチャージは果たされていない。貴様のために祈る者はない。ならばせめて、電光の勇者ア
イバンホーンの名において――』

 たとえそれが、人類に牙剥くおよそ不死身の怪物機械であろうとも。
 たとえそれが、黒い翼を携えて次元を渡る歴戦の剣士であろうとも。
 敵対する者のことごとく、

「……ッ! 会話をする気が、お前にはないのか!?」

 銀の右手は、打ち砕く!

『――粉砕せよ、ライトニングライトアーム』

 都市をも平らげる電流火花に激烈な電磁気嵐、ストレイダーに拮抗を許していたのが嘘のような圧倒的な突撃
推力。
 これが電光の勇者アイバンホーンだ! 必殺のライトニングライトアームだ!
 戦いは、その超破壊力をもって完全に決着した。
 ストレイダーは、活動に支障を来すレベルの損害を被って戦線を離脱。掌から迸ったエネルギーの奔流は、S
R−71“ブラックバード”譲りの流線形でやりすごせるようなものではない。

「こんな巨大人型が存在するのか? ……存在していいのか!」

 舌打ちを残し、いずれの雪辱を誓いながら、〈足らざる世界〉から全速で退避するしかなかった。
 ワンダラーズもただでは済まない。
 光の余波だけで、一帯のズリグリーは揃って生命維持が不可能になるまでその質量を減衰させられ、またダー
クラウンのダミーは風船となる端から割れては消えていった。

 ――きょ、今日のと――ところは、これにてへッ――閉幕ッ! 勇者電こ――光アイバンホーン――楽しい電
飾パレードに――飛び入り参かっ――ご苦労さんッ! ではで――では皆さん御機嫌ようーッ!

 消滅するバルーンからバルーンに音源を転移させながら、いつもよりキレのない捨て台詞を吐いて、ダークラ
ウンも撤退する。不信の種など、この勇姿を前にどこまで通じるか。
 最後に、吹き荒ぶ疾風が上空から暗雲を一掃して。
 〈足らざる世界〉に、ようやく平穏が戻った。
 えーいち朗の意識は、そこで一度途切れた。




 −6−


「まずは、礼をさせてくれ。ありがとう。アイバンホーン」

 電光の勇者を前にして、ディムロードは出来る限り誠実たらんとしていた。もし彼が来てくれなかったらと思
えばゾッとする。
 “アイバンホーン”。
 いつだったか、えーいち朗から概要を聞いたことがある。それは、『勇者電光アイバンホーン』という映像作
品に登場した、架空のスーパーロボットの名前のはずだった。
 ディムロードの自己修復は、かつてない異様な速さで終わりつつあった。
 飛ばされた右腕が完全に接続。あと数刻もあれば、破損したメイン動力炉も再稼働できる見通しが立っていた。
キーソードが繋げた異世界の影響か、アイバンホーンが何かしたのか、それは定かではない。
 えーいち朗は、ディムロードの手摺にしがみついて眠っている。安心した途端に、一日の疲れが出たのだろう。
無理からぬことだった。
 アイバンホーンとディムロード、二つの巨大が向かい合う。

『――ワンダラーズなどという不逞の輩が、九つの世界を連結したようだな』

 アイバンホーンは、感謝の言葉など一顧だにせず、やはり尊大な態度で一方的にディムロードに話し掛けた。
轟く雷のようでもあり、唸る機械のようでもある。こちらを仲間とも思っていないような声、そういう印象を、
ディムロードは抱いた。

「奴らは九つの世界の至るところで、ふざけた遊戯を始めるつもりだ」

 ディムロードは断定した。
 〈超次元ワンダランド〉。九つの世界からなる、想像を絶するスケールの“遊園地”。
 ディムロードひとりでは、ワンダラーズを止められない。“異世界に行けたとしても”拡大する戦線には対応
できないし、黒い翼のストレイダーがいる。
 力を貸して欲しい。ディムロードが共闘を願い出ようとしたときだった。

『〈足らざる世界〉の勇者級、後はお前が何とかしろ』

 〈黄金精神〉のアイバンホーンは、ディムロードの想いなどお構いなしに、あろうことかそんなことを言い放
った。笑えない冗談のような話だった。
 無理難題を吹っ掛けられたディムロードは、見苦しく狼狽こそしなかったが、内心で大いに困惑した。

「ぼくが……?」
『〈超次元ワンダランド〉の九つの世界を渡り、ワンダラーズの野望を挫くのだ』

 出来るわけがないと思う。
 『何故ぼくが』などという気はない。ワンダラーズを許せないと思う。だが、〈足らざる世界〉ひとつ守れな
かったという事実が重く圧し掛かる。
 アイバンホーンは、ディムロードの異論を認めなかった。決して早口というわけではないのに、強制力をちら
つかせながら畳み掛けるように喋り続ける。

『〈超次元ワンダランド〉の全容については、環状線の九つの駅を思えばよい。行き方ならば、お前は分かって
るはずだ』

 そう。
 異世界への移動方法を、ディムロードは知っていた。確かにその知識があり、そのための機構が我が身に備わ
っていると分かる。獲得に纏わるエピソードなど、何ひとつ思い出せないが。
 変形を告げるシステムボイスと同様に得体の知れない、しかし確実な情報と信頼に足る機能をディムロードは
有している。
 実に不思議なことに、“ディムロードは、キーソードの開いた異世界への扉を通ることが出来る”!
 これはあるいは、異世界に行くべくして製造者が用意した力なのではないか? そんな考えまで浮かぶ。

『ディムロード。お前がもし足らざる何かを得たいのであれば。そこの少年と九つの世界を渡り、〈勇者〉を探
さねばならない』

 アイバンホーンは、迷えるディムロードに、手を伸べるように言った。

「〈勇者〉」
『完全顕現した私にいずれ勝るとも劣らぬ、鋼の英雄格だ』
「えーいち朗と、とはどういう意味だ?」
『いずれ分かる。必ず連れて行くように』

 ディムロードは閉口した。まともな会話にならない。確かストレイダーもそんなことを叫んでいたが、アイバ
ンホーンは超然としすぎていて、こちらに理解させようという努力を払わないようなところがある。

「ぼくがいない間、この世界はどうなる?」
『ワンダラーズが根絶やしになるまで、私は顕現し易い状態にある。“戦いは未だ終わっていない”、ブレイブ
チャージシステムはそう解釈している。お前が一周して帰還するまで、〈足らざる世界〉は守ってやろう』
「いいのか?」
『電光の勇者アイバンホーンの名において』

 その言葉は、何よりもディムロードを安堵させた。申し出じたいは意外だったが、これほど頼もしい戦力もそ
うはいない。
 アイバンホーンは強い。
 いるとなれば、ワンダラーズも不用意には手は出せないだろう。ズリグリーなど、ダース単位で蹴散らされる
だけだ。

「それから……」

 他に聞いておくべきことはないか。ディムロードはそこまで考えて、自分が既に決断を終えているのだと気が
ついた。
 ほどなく機体損傷の完全修復を確認。すべての状況が、自分の出発を促しているかのようだった。
 〈足らざる世界〉のディムロードは、旅の導き手となった電光の〈勇者〉に言った。

「……分かった。行こう、異世界へ!」

 ぼくたちの戦いを、始めるために。







         創作発表板『勇者シリーズSS総合スレ』より







 ――ぼくたちの世界は、悪夢を見ていた。

 神々の遊戯場か、悪魔の賭場か。
 謎の娯楽提供者集団ワンダラーズにより、九つの異世界が、〈超次元ワンダランド〉として連結された。それ
は、人類にとって災厄以外の何物でもなかった。
 恐怖と混乱から九つの世界を救うためには、次元を越えて鋼の〈勇者〉を探さなくてはならない。
 〈足らざる世界〉の巨大人型ディムロードと、友だちのえーいち朗少年の、長い旅が始まった。




『Feed Back――FALBREAK』

 〈騒嵐の世界〉には、紺碧の空を飛ぶ〈勇者〉がいる。
 さるコンツェルンが私的に保有する戦力であるというそれは、地上の邪悪たちを捉える鷹の眼、そして正義を
体現する爪と嘴を持っている!

「飛べ! 何よりも高く!」

 涙を攫う猛禽のごとく。

『the BRAVE of Flyaway!』


―――――――――――――――――――――――― 勇者飛翔 ファルブレイク ――




『Feed Back――FLIGHTNER』

 〈科学の都市〉では、人類の叡智が〈勇者〉を造った。銀翼に希望を乗せ、電脳には勇気を灯して。
 今やそれは探究者たちの城から滑り出し、天空から日夜人びとを見守り続ける。

「フライトナー! 空の敵を叩くぞ!」
「空に我々の、敵などいないさ!」

 大気圏の守護者。

『the BRAVE of Sky!』


――――――――――――――――――――――――― 天空勇者 フライトナー ――




『Feed Back――SPRIGGAN』

 〈高速格闘フィールド〉において、滅びゆく者たちは、ひとりの機械仕掛けに命運を託した。人類の最大たら
んことを!
 極超音速格闘戦を実現したテクノロジーの塊は、拳法家の魂を得て怪物となった。

「我が流派超重延加拳が、決して巨大質量に劣るものではないことを証明しよう」

 眼で見ることなど不可能だ!


―――――――――――――――――――――――――― 瞬転 の スプリガン ――




『Feed Back――SEIENOH』

 〈紅蓮の血闘〉という世界。かつて〈勇者〉であった男は、人類最悪の敵となった。
 暴虐を止められるのは、恐らくひとりの少女だけ。究極の巨大人型兵器と一体となった、彼女だけ。

「兄さんに会うまで、負けるものですか!」

 掌に、戦神の炎。

『the BRAVE of Crimson!』


―――――――――――――――――――――――――― 紅勇者 セイエンオー ――




『Feed Back――ARCRAYON』

 〈鋼の騎士道〉世界。そこには、〈勇者〉である前に“姫”を守る白馬の騎士であるという男がいる。
 生まれ変わろうと、鍛えた躰が鋼となっても、その願いはただひとつ。

「その剣の重さは、守りたい者の重さに等しい」

 手の中の剣に、今一度誓おう。

『the Knight of BRAVE!』


―――――――――――――――――――――――― 勇者騎士 アークレイオン ――




『Feed Back――BOARDION』

 〈願い人の対局場〉。盤上の〈勇者〉は変幻自在。
 一〇の一二〇乗通りをも上回る戦場の流れを読みきって、どんな難敵をも必ず突き崩すだろう。

「お前たちのそれは断じて遊戯などではない。ただの……攻撃だ!」

 対局開始。

『the BRAVE on Board!』


――――――――――――――――――――――――― 封魔勇者 ボーディオン ――




『Feed Back――IBANHONE』

 〈黄金精神〉世界からやって来た〈勇者〉は、銀色に輝く手を伸ばす。
 粉砕されざる物を粉砕し、救済されざる者を救済するものだ。

『完全顕現を果たした私を前にしては、貴様に勝機などない』

 電光となって顕現する、それは生ける御伽噺。

『the BRAVE of lightning!』


―――――――――――――――――――――――― 勇者電光 アイバンホーン ――




『Perfect Mode――DIM−LORD』

 それから、〈足らざる世界〉のトンネルから外へと走り出した者がいる。
 すべての〈勇者〉と出逢い、九つの世界を救うのだと。

「ようやく分かった。ぼくたちにはどうやら。それを可能とする、力がある!」

 到達せよ、超次元へ!

『in BRAVE SAGA!』


――――――――――――――――――――――――― 勇者連結 ディムロード ――







            新世紀の勇者たちよ、ここに集え!







          創 発 版  ブ レ イ ブ サ ー ガ







          次回  『第三話 VS.ファルブレイク/ひとは空を飛べない』

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