創発ブレサガ第1話


創作発表版ブレイブサーガ





 ‐0‐


 錆色のレールが、雑草に埋もれるように伸びている。
 過疎化の煽りだかで廃線になって久しい鉄道路線だ。
 今は電車ではなくひとりの少年がそれに載る。
 小学校低学年ほどの、まだ幼い男の子だった。まさか遠足とも思えないが、ぱんぱんに膨らんだリュックサッ
クを揺すりながら、一段高い鉄の道を軽快な足取りで歩く。

「ととっ……」

 バランスの危うさに気づいて、少年は次の一歩を諦めた。
 両腕を飛行機のように左右にぴんと張り、小さな体をくねらせて、仮初めの平均台の上 でしばらく耐えた。
 けれど結局“脱線”し、スニーカーの爪先で砂利を弾くことになる。軽やかな音を立てて、小石たちの配列が
少しだけ組み換わる。

「ちぇ。今日はここまでかぁ」

 春の陽射しを浴び続けて熱の籠った頭が途端に気になり始め、五指を突っ込んでほぐすことにした。通り抜け
る風に、汗を掻いていたことを知る。

「暑い……」

 そろそろ髪、切ってもらおうかな。唇だけで呟いた。
 改めて周囲を見渡してみても、変わり映えのしない景色は少年には退屈だった。綻んだフェンスを隔ててそっ
ぽを向く民家さえこの地域には疎らで、草木の緑やコンクリートの灰色が目立つ。
 ひとの姿など滅多に見ない。
 森のざわめき、鳥や虫の声を聞く。
 とはいえ、えーいち朗は、心細いなどとは少しも思わない。
 むしろ好都合だ。少年にとっては、これもちょっとした秘密の冒険だったからである。
 線路は、どこまでも続かない。
 突き当たり。『立ち入り禁止』の立て看板を素通りし、封印のために渡された鉄の鎖を跨いだ先のことだ。
 大地の怪物が、少年を待ち構えていた。
 黒々と大口を開けた山岳トンネルがその正体だ。未開通のままで工事が中断され、それより長らく放置された
ものだった。
 奥には深い闇。冷たく淀んだ空気が満ちていた。
 ほんの少し逡巡してから、少年はそこに声を投げ掛けた。人工の洞窟に、殊の外大きく反響する。

「いる? ディム郎」

 応えて、ぴかぴか点る灯りが二つ。地表から四メートル近くはあろうか、やけに高い位置から、暗がりに煌々
と光を放つ。
 未開通トンネルの翳を棲み家にしている者がいるのだ。~  変わった名をした、恐らくは男性。

「ようこそ、えーいち朗」

 少年を歓迎する返事は、兄のように穏やかだった。しかし、どこかそのまま人間の声帯から出たものとは思え
ない響き。

「怪我の具合はどう?」
「差し当たっては問題ない」

 親しげに言葉を交わすふたり。
 天井近くにて発光するものが照明器具などではなく、彼の“眼”であることを、えーいち朗は知っていた。
 目が慣れると、下方にある金属の手摺らしきものが分かるようになる。それさえも彼の躰の一部だ。
 うずくまるようにトンネルに身を潜めていたのは、果たしてひとか。
 ディム郎なる者。えーいち朗はそれを“ひと”だという。ただし鋼鉄の。いうなれば、“機械仕掛けのひと”
であると。
 DD51形ディーゼル機関車からメカニズムを組み換えることで巨大人型に変形する、心を宿したスーパーロ
ボットだ。製造元不明、正体不明、来歴不明、どこからともなくこの世界に現れたもの。
 本名を“ディムロード”。
 世にも不思議な、えーいち朗少年の、友達だった。




 第一話  VS.ストレイダー/ぼくには何かが足りない




 ‐1‐


 えーいち朗は、その日を忘れない。
 ちょうど半年前のことだ。
 天気予報によれば、その日はずっと晴れのはずだった。楽しく遊ぶにはおあつらえ向きの休日。ああ、覚えて
いる。確かに、太陽は輝いて。
 だというのに、正午の青空の下、にわかに雨が降り始めた。
 雨といっても、断じて水の雫ではない。地表を目指すそれじたいは“紙切れ”にすぎない。無数のビラだ。毒
毒しい原色に塗り分けられた、巨大な飛行船からばらまかれたもの。
 けれどそれは雨よりも冷たく、ひとびとの頬を濡らすものだった。すなわち涙をもたらす災厄の兆し。
 道端に舞い降りた大量の紙のうち一枚を拾い上げた少年がいる。
 それが姉といっしょに街に遊びに繰り出していたえーいち朗だった。奔放なたちの保護者代理は、今は傍には
いない。
 だからひとり、えーいち朗はビラを覗きこみ、そこに踊い狂う文字を読み上げた。

「ちょうじげんワンダランド、かいえん?」

 不気味で歪なカリカチュア。視覚に暴力的な悪趣味極まる彩色。思わず目を背けたくなるセンスに耐えて、振
り仮名を追う。

「……遊園地ができるの?」

 理解が及んだその時だった。
 電器屋の街頭に山と展示されていたテレビが、一斉に砂嵐を吐き出したかと思うと、次々に画面の映像を切り
替えていく。電波ジャック、いや、それはケーブルを走る信号や、録画の再生さえも支配する。
 異常に気づいたひとびとが騒然となった。
 それにはお構いなしに、気の滅入りそうなほど明るい楽曲が流れ出し、白昼の繁華街を席巻する。~
『ようこそ 超次元ワンダランド へ!!』

 ――熊のマスコットキャラクターと思しき着ぐるみが、大袈裟に上体を横に倒して可愛らしさをアピール。親
しみ易いようにとデフォルメされた顔はしかし、ある種の昆虫が擬態のために纏った目玉模様にも似た異様異形
の印象を伴う。

『この世界の皆様にも ビクビクぅ ブルブルぅ すばらしい夢を!』

 ――女児受けしそうなピンクのドレスに身を包んだ女性が、白々しい笑顔を浮かべて舞い踊る。投げキッスで
異性の心までも縫い止めて退場。

『いらっしゃいいらっしゃい 超次元ワンダランド へ!!』

 ――凄絶な白粉を肌に塗りこめた道化師が出現。仰々しい衣装で大玉を乗りこなしながら、ぎらつく刃物で高
練度のジャグリングを披露する。

『ここが夢とおとぎの国 超次元ワンダラーンド!!』

 ああ、それは、開園した遊園地のコマーシャルだった。ビラと同じく。
 三者三様の演戯がひと通り終わると、それらがまた最初から繰り返し。執拗なほど、何度も何度も。
 逆効果とも思われる、うるさすぎる宣伝が延々と垂れ流されていく。

「うう……」

 それを見ていると、えーいち朗は、どういうわけか無性に落ち着かない気分になる。癇に障って心がざわつく。
堪らなく攻撃衝動を刺激される感覚。
 視界の端に、呻き声を上げて膝を突く歩行者が見えた。苦しげに胸を押さえて倒れ伏す者もいる。ひとりやふ
たりではない。
 突然の破壊音に、えーいち朗は我に帰った。
 商品棚に勢いよく叩きつけられる金属バット。サラリーマン風の男が、雑貨屋の軒先で暴れ出していた。悪鬼
が憑いたかのような凶相、その瞳に正気の色はなかった。
 怒れる獣のように路上で殴り合いを始める若者達の集団もいる。
 自転車置き場のほうにも異状。何か不穏当な物音とけたたましい女の哄笑が響く。
 まるで無法地帯だ。

(これは、……どうなってるの……?)

 この街で、何かが起こっている。
 集団ヒステリーか?
 耳にこびりついて離れない、このコマーシャルのせいなのか。ひとびとを暴挙に駆り立てる奇怪な響き。こみ
上げる吐き気に、えーいち朗は目を瞑り、耳を塞いで耐えた。

『レディースエーンジェントルメン! 高いとこから大変失礼!?』

 コマーシャルをも上書きする大音声が、上空から。
 舞い戻って来ていたあの飛行船から降り注ぐは怪人の口上か。
 甲高さの混じった作り物の声だ。

『ところでところで、ワタシはだぁれ?』
『んー……ダークラウンッ!!』
『そう! ワンダランドの愉快なピエロ! 歌って踊れる“ダークラウン”! はじめましての皆様は、どうぞ
よろしくお見知り置きを!』

 オーディエンスの合いの手を挟んで、闇の道化が名乗りを上げる。
 飛行船の側面に設置された超巨大モニタを、正視に堪えない白面が占有。毒を塗られた果実のような丸い鼻、
病に臥せる三日月のかたちをした唇、目許に描かれた象徴的な涙の飾り、いずれも色は赤。その濃さに、見上げ
るえーいち朗はぞっとした。

『さあさおいでよワンダラーンド! 次元を超えるよワンダラーンド! 本日晴天、絶賛開園! みんなのよう
すを見た感じ、楽しんでいるみたいだね? けっこう、けっこう、大けっこうッ!!』

 画面内に巻き起こる喝采。それを合図に。
 市街が、震えた。

『今日は機嫌がいいからね! ピエロの奢りさアトラクション! 年齢身長制限ナシ! 心臓の弱さも気にしち
ゃソンソン! これに乗らずに何に乗る!? ワンダランドの名物ひとつ!』

 機関の咆哮に、排気の息吹に。
 ビルの曲がり角から、自動車の裏から、街路樹の下から、路地の暗がりから。それこそ街中の死角という死角
から。手品の鳩のように飛び出す影、影、影。周囲一帯を狂ったように駆け巡る。

「車の、ロボット……?」

 十を上回ったところで、えーいち朗は数えるのを諦めた。
 その正体は、“手足を生やした玩具の車”とでもいうべき機械仕掛け。ただし身の丈は四、五メートルと大き
い。子どもっぽい単調なカラーリングはしかし一台一台異なり、まとめて見れば画用紙の上に踊る色とりどりの
クレヨンのようだった。

『絶叫マシーン“ゴーカード”でございッ!』

 ピエロより紹介に預かった車の怪物達が、自己主張するように跳ねた。
 いや、襲い掛かったというべきか。手始めに二台、えーいち朗ほか狂気に抗うひと達に絶望の翳を落とす!
 鋼鉄の天井が降りて来る。地表と重なり合い、少年達を圧し潰すために。
 防ぐには脆すぎる、躱すには遅すぎる。
 死に瀕してえーいち朗が出来たことは、何もない。悲鳴すら上げること叶わずに。瞼だけは閉じられただろう
か。そんなこと以上は、無力な人の身には、どうしようもなく。
 けれど代わりに。
 烈風が、一陣駆け抜けた。
 金属同士の激突による轟音衝撃とともに!

(え?)

 恐慌から覚醒した少年の躰からは、プレッシャーが消えていた。少し離れた地点にて、また大きな物音。見や
れば、あの恐るべきゴーカードが煙を噴いて、二台積み重なるように沈黙していた。
 危機一髪、車の怪物達を宙から一掃し、少年を救った者がいる!

(――――!?)

 混乱は言葉に出来ない。
 ただし、ここに至ってえーいち朗は、確かにその奇跡を目撃した。
 一見すれば、それは“電車”だ。えーいち朗らの至近に横たわる。
 側面から見て凸型となるユニークな車体と、どこか装飾的ですらある前面の手摺。貨物列車として写真を見た
ことがある。
 DD51形ディーゼル機関車という動力車か。
 ただしこれは線路も必要とせず、自在に駆ける。
 その色は主として蛍光を思わせるライトグリーン。ともすれば軽薄や虚弱を感じさせそうなものだが、これに
限っては快活や勤勉のイメージが先に立つ。

『な、なななななッ!? 何者だ!? こんな催しがあるなんて、今日の予定にゃないはずさッ!!』

 表情に余裕を失ったダークラウンが、白手袋に包まれた掌で自らを庇う。
 驚愕に追い打ちを掛けるように。

『Form Change――』

 電子音声を響かせて、DD51形ディーゼル機関車が変貌する。
 前端と後端を切り離して一気に飾り気のなくなった車体が、運転室中央基底部を基点として折れ曲がる。
 長く伸びる前後のボンネットは、車輪を背面とするよう九十度回転、爪先を引き出して両脚に変わる。
 運転室の突出を怒り肩に、胴回りから豪腕が展開。
 四肢が揃ったところで、手摺もそのままに機関車前端部がその胸部正面に被さり、後端部は背嚢として再結合
を果たす。
 目鼻口らしき相ある頭部が窮屈気に迫り上がれば、巨大人型への変形は完了する。

『――“DIM‐LOAD”!』

 それは、機械仕掛けの巨人だ。
 英雄然とした光を面に宿したスーパーロボット。災厄全てを振り払う無敵の力を期待してもよいのだろうか。

「ディム、ロード……?」

 聞き覚えた名を呟いたえーいち朗に答えて、ライトグリーンの巨体は振り返った。
 それだけでゴーカードなる怪異と彼が一線を画すと分かる。

「ああ。ぼくは“ディムロード”」

 DD51形ディーゼル機関車より変じた巨人、立てた親指で胸板を突き、

「まだ産まれたばかりでね、自分が何者なのかすらぼくは知らない。けれど、夢を弄ぶ者こそが我が敵だと、こ
の心は囁く!」

 悪夢撒き散らす王国に、堂々宣戦布告した。
 えーいち朗は思い出せる。半年前、全てはここから始まったのだ。
 幾つもの異なる世界を巻き込んだ壮絶な戦い。
 そしてディム郎とえーいち朗、ふたりの冒険の物語は――




 −2−


「あれから半年かぁ」

 トンネルの天井から浸み出した雫が落ちて弾け、澄んだ水音を響かせた。ライトの眩しさに目を細めながら、
えーいち朗は感慨深げに呟く。
 すべてのゴーカードを瞬く間に粉砕してのけた“あの日”から、ディムロードは戦い続けていた。
 幾つもの世界を巡業してひとびとに悪夢を提供する移動型巨大遊園地“超次元ワンダランド”、その運営に携
わる異形の幹部達ワンダラーズ。朧げだった敵の姿も、交戦ごとに明らかになってはいる。
 アミューズメントマシーン型の巨大メカを操る道化師、ダークラウン。
 マスコットキャラクターを意識した凶悪な生物兵器、ズリグリー。
 ダークヒーローショーの進行役や死の踊り子など幾つもの顔を持つ女、ジルビア。
 これまでディムロードは正義の味方として、ワンダラーズの強大な尖兵や巧妙な罠のことごとくを撃破し、恐
るべき策略を跳ね除けてきた。
 御伽噺の英雄のように、その戦歴には一度の敗北もない。輝かしいものだ。
 もっとも、彼のライトグリーンの車体に深刻な損傷と疲労が積み重なっていることを、えーいち朗だけは知っ
ていた。

「敵は、どんどん強くなっていくね……」

 それに引き換え、今のディムロードは、共に闘う仲間や武装はおろか、有力な人間の協力者すら得られない状
況にあった。
 理由としては、ディムロードが自らのバックボーンを知らないということが大きい。

 ――例えばどこかの巨大企業が秘密裏に製造した工業製品的なロボットであるとか
 ――例えば打ち捨てられていた電車に異次元のエネルギー生命体が宿った姿であるとか

 どうしたって荒唐無稽な想像にならざる得ないが、そのあたりがはっきりしていればまだ行動の指針になった
ものを、それすら不明と来ている。記憶喪失というよりは、あの時点で言葉通り“生まれたばかり”だったので
はないかというのが彼の見解だ。
 確かなのは、ワンダラーズの悪夢から世界を守護することが、ディムロードの任務であるらしいことのみ。
 また、卑劣なるワンダラーズは、『ディムロードも超次元ワンダランドのアトラクションである』として徹底
した情報操作を行うことにより、ヒーローと人間の連携を断絶していた。ディムロードを信じてくれる者もどこ
かにはいるだろうが、安易な接触は危険だ。
 完全に孤立したディムロードは、戦力強化の目処も立てられず、消耗していくしかないのか。

「こっちも、どうにかして、強くなる方法はないのかな……」

 えーいち朗少年は、この“秘密基地”を見つけるなど、無力な子どもなりにディムロードを支援しようと動き
回ってきた。熾烈さを増していく戦いの中、歯痒さが募っていく。
 小さな友人の呟きに、ディムロードは偽りなく答えた。

「……分からない。しかし『ぼくには何かが足りない』。そんな気がしている」
「何か?」

 思ってもみなかった手掛かりの予感に、えーいち朗は腕を組んだ。

「ディム郎は電車のロボットなのに後ろの車両、ないじゃない。それじゃないの?」
「貨車ということか? ふむ。筋は通るが」

 ヒントもなしに探すのは骨だ。
 ディムロードが現れた日に前後して、何か不思議な事件はなかったか。どこかで鉄道車両が忽然と消え失せた
とか。

「もう一度、図書館で新聞を見せてもらおうかな……」
「頼む、えーいち朗」
「うん」

 請け負うえーいち朗の声は力強い。ディムロードには何よりの励ましだ。

「あとは……仲間かな?」
「仲間。どこかにいるといいのだが」

 ディムロードに近い実力のある戦士があとひとりでもいれば、敵の数的優位も揺らぐ上に、ローテーションを
組んで休息を取ることも出来るだろう。
 しかしディムロードは、これにも心当たりはないという。
 架空のヒーローに味方するような、劇的な奇跡などこれまでのディムロードの身にはなかった。絶体絶命と思
われた窮地にさえ、駆けつけるものなどない。
 今はまだ、それでもどうにかなっている。肉を斬らせて骨を断つような、死に物狂いの戦いで勝ちを拾える。

「……“勇者”がいたらなぁ」

 どうにも突破口の見えない閉塞した状況に、えーいち朗は思わず妄想めいた願望を吐露した。聞き慣れない言
葉に、ディムロードは思わずライトを明滅させた。

「勇者?」
「ディム郎みたいなロボット。テレビでやってるの。ガシャーンって合体したら、どんな悪者にだって負けない
んだよ。アークレイオン、ファルブレイクに、セイエンオー。フライトナーでしょ、アイバンホーン、それから
それから……」
「はは、それは頼もしいな」

 そう笑うディムロードの気持ちを敏感に察し、えーいち朗は迂闊な発言を恥じた。
 今、身を挺して自分達を守ってくれているのは、御伽噺の勇者ではない。彼らは勇気をくれるが、それだけだ。
 少なくとも、この世界においては。

「……あ、ごめん。怒った?」
「いや?」

 何でもないふうにディムロードはいう。
 実際に、別段、気を悪くしたわけではない。
 ただ――
 ディムロードは思わずにはいられなかったのだ。かつて少年が教えてくれた“神”なるものは、何故無力な私
でなく彼らをこの世界に連れて来てくださらなかったのかと。
 傷ついた体が疼く。

(遠からず、自分は敗北する……)

 予感がある。死のイメージは次第に現実味を帯びて、ディムロードに悲壮な覚悟を決めさせる。
 そして運命の日は、その数日後にやって来た。
 ワンダラーズの大攻勢(サービス・デイ)である。




 −3−


 その日も――

『Form Change――“DIM‐LOAD”!』

 いつもの例に漏れず、何者かが変形の完了を告げた。
 自分の奥底から響くものであるのに、ディムロードはその電子音声の正体を知らない。そういう機械仕掛けな
のだろうとは思うが、それにしても多少不気味ではあった。
 ワンダラーズの出現を“次元の歪み”から察知したディムロードは、それを迎撃すべく市街に急行していた。
 はしゃぎ回るゴーカードをルーチンワークのように打ち砕いてから、ゆっくりと背後を振り返る。

「ようやく、お出ましか」

 敵の大物が近いと分かる。
 何故なら緩慢な足音が、一帯を震わせていたからだ。
 センサーで探るまでもない。
 ビルの陰から、その恐ろしく肥え太った姿がはみ出ている。

「お前も懲りないな」

 ディムロードは、淡々とした口調で平和脅かすものへと呼び掛けた。だが、それは人語を解するのか、どうか。
 赤み掛かった半透明の怪獣だ。比べればまるで違うのに、全体としてどこか熊を思わせるかたち、しかし毛む
くじゃらではない。その皮膚は滑らかで光沢のある粘膜、しかも乾燥を物ともしない。
 着ぐるみのようにずんぐりむっくりした二足歩行の巨体を揺すり、我こそ生けるものの王であるとでもいいた
げに罷り通る。動きは鈍いが、途轍もない重さを武器とする。
 円らな眼は偽物、頭上に突き出た獣耳もダミー、鼻はどこだか分からぬ、大きな口だけが本物だった。ぼりぼ
りと、引き抜いた街路樹を菓子のように食っていた。
 その外見はというと、巨大な一個の真核細胞を思い浮かべればよい。ただしその中には核やミトコンドリア、
リボソームといった諸器官は見られず、代わりに巨大刀剣や銃砲火器ほか得体の知れない兵器が点在している。
“核”もどこか一点にまとまってあるはずなのだが、センサーでは知覚できない。
 不定形でこそはなくとも、その生体は軟体動物に似て伸縮する。生半な物理攻撃では歯が立たない弾性も持ち
合わせている。
 難敵だ。

 ――GYAOOOOOOOOO!

「ワンダラーズのひとり、ズリグリー!」

 都市を揺さぶる咆哮とともに、怪獣がディムロードに向かって地を蹴った。
 交戦に入る。
 いつものように、これまで繰り返してきたように、極めて速やかに。
 ディムロードがフォルムチェンジ、トレイン形態に舞い戻る。進撃する怪獣の足下に潜り、後退。屋根に掛か
る接地圧を受け流し、敵の上体を背後の地面に誘う。
 ビルの角に後頭部を強かに打ち、ズリグリーが体表を波立たせる。損害は軽微。ディムロードは車体の軋みを
無視して再び人型に変形、追撃を掛ける。

『Form Change――“DIM‐LOAD”!』

 武装の存在しないディムロードの攻撃は、必然、剛力を乗せた徒手空拳!
 ズリグリーは高粘性スライム状の超大型生物だ。
 巨大質量に物をいわせた肉弾戦を得意とし、また体内に貯蔵した数々の超兵器を必要に応じて供出することも
ある。
 ディムロードにとっては、決して相性のよい敵ではなかった。
 唯一の重要臓器といえる“核”は、流動性を高められた内部を微速にて転移し、その位置を特定させない。
 しかし一方でそれは、核がどこにあってもおかしくないことを意味している。
 ディムロードは五指を揃えて槍の穂先とした貫手を、ズリグリーの無防備な脇腹に突きこむ。ズリグリーが抉
れた箇所をわずかに硬化、すぐに無為を悟って当該部位を液状に変え、蜥蜴の尻尾切り。
 異臭放つ廃液が飛び散って街を汚した。
 外れだ。ディムロードは一旦跳躍して距離を稼ぐ。

「当てずっぽうで一発とは思っていない」

 それならそれで構わない。
 ズリグリーの核も、さほど高速で移動できるわけではない。

「虱潰しに破壊していけば』

 いずれは中る。要領を知り尽くした殺し屋のように冷徹に仕事量を見積もり、胸甲の手摺の前で、がつんと拳
を打ち鳴らしたときだった。

『――もしもしディム郎!?』

 ここにはいないえーいち朗の悲鳴が、通信機を介して聴覚に響く。
 戦闘中だというのに――、いや、“ただごと”ではないと逼迫した声から分かった。

「どうした、えーいち朗」
『大変だよっ! 敵のロボットが!』
「……何だって?」

 BGMに、ホホホホホと耳障りな哄笑。
 ダークラウンか! ――ズリグリー以上の強敵だ。
 通信機から情報を拾い、位置を特定。えーいち朗が通うという小学校近辺か。
 少し、遠い!

(このような同時二点襲撃、予測はしていたが)

 対策を講じることはできていない。とにかく持ち札がないのだ。

(ここには、ぼくしかいないんだ!)

 これはまずい。らしくもない焦燥がディムロードの機関を焼く。ズリグリー撃破は時間の問題だが、その“時
間”が足りない。

(ならば、まずこちらを速攻で――)

 思考をよそに、カメラアイの視界における赤色の割合が劇的に上昇していく。
 その意味するところは、ズリグリーの突進!

 ――GRUUU……!

「お前に付き合っている暇など、ない!」

 両手ががっしと噛み合う。突き合わせた腕を通して膂力が激突。
 ディムロードは剛力対決を受けて立つと見せ掛け、競り負ける前に列車形態に変形、敵の腕を支えとして大地
を拒む。
 突如として体重と怪力の受け皿を失ったズリグリーが、バランスを崩してつんのめる格好になった。下手に転
倒すまいと姿勢制御に腐心した分だけ、大きな隙を生ずる。
 スライム状の両腕は、変形の動きに引き伸ばされ、また振り回されて、絡む蔦のように交差していた。握力が
弱まり、ディムロードだけが自由を我が物とする。

「むぅンッ!」

 列車形態のまま垂直落下、着陸するより数瞬早く。
 もがくズリグリーの至近距離で、再度フォルムチェンジを実行。
 さながらコメツキムシのように、折り曲げた車体フロント部で地表を激しく叩き、勢いで跳び上がる。
 宙に返り咲いたディムロードに、ズリグリーの目には混乱の揺らぎ。
 二次元から三次元へ、突然に加わった上下の動きを追いきれていない。

「行くぞ」

 魂に着火するような呟き。
 ロボットならではの機構を最大に活かした格闘術の確立を提唱する拳法流派がある。いつか、えーいち朗がそ
れを教えてくれた。
 その術理より着想を得たディムロード第一の必殺技は、跳ね上がった機関車のリア部、すなわちロボットにお
ける左半身で敵を穿つ強力な物理攻撃。
 手勢は? ――敵体質に合わせて掌底を選択。
 通常の駆動機構に移動機構及び変形機構の怪物的パワーを連鎖させることで最強の破壊力を発揮、また打撃に
合わせて“次元の歪みの力”を敵体に伝導させそこに致命的機能不全を誘発する。
 発動。
 “ディメンジョン・ディレールメント・アタック”。
 略称――

「DD(ディーディー)アタァァッッ!!」

 怒涛の気迫が、掌打に乗って炸裂。
 確かな、会心の手ごたえがあった。引き締まった筋肉を強打したような感覚。

 ――――!!

 変形完了の電子音声は、身の毛もよだつ敵の大絶叫に掻き消された。ズリグリーの体表にざざと波紋が走り、
気泡が夥しく増殖を始める。

 ――仕留めた!

 確信の通り、ズリグリーの体は急速に粘性を弱めていき、やがて馬鹿に大きな水溜りとなった後、どこへとも
なく消滅していった。
 やつらは痕跡を残さない。
 ズリグリーはこの一体だけではない。最初から量産されている生物兵器なのか、本体とでもいうべき上位個体
から分裂している分身なのか、恐らくはそんなところなのだろうと思う。斃しても斃しても数日から数週間を置
いてまた出現する。

(いいや、それはまた後だ……!)

 思考の歯車を切り換える。
 ズリグリーの謎を解き明かすよりも重要な仕事が残っているのだから。
 もっとも効率の良いルートを弾き出し、ディムロードは軋む体で駆けた。

「どうか、無事でいてくれ……!」

 誰が叶えてくれるとも知れぬ祈りを、心に噛み締めながら。
 ひとつの戦いを制したはずなのに、ディムロードの運命を決定づける一日は、まだ、始まったばかりだった。




 −4−


「地震!?」

 誰かが叫んだ。
 そのときには既に教室という空間は、半狂乱になって中のすべてを掻き回そうとしていた。硝子張りの窓が穏
やかならぬ悲鳴を上げ、机と椅子はまるで歯の根が合っていないようにがたがたと震え慄く。
 えーいち朗の通う小学校を突然に襲った“地震”。
 怒号にも近い担任教師の指示に、えーいち朗たちはほとんど反射的に従って、速やかに学習机の下にその小さ
な体を滑りこませた。
 謎のロボットや怪獣による巨大スケールの戦闘が続発しているという最近のこの街の状況もあり、つい先日に
全校を挙げての避難訓練が実施されていたが、この学級に限っていえば、それが功を奏したといえるだろう。
 震動が収まるまでに、さほど長い時間は掛からなかった。えーいち朗などは、些か拍子抜けに感じたほどだ。
 天井は、落ちてこない。
 しかしその学び舎を外から見た者は、雨と塵を吸って変色した白壁に、痛々しい罅割れが走ったことを知るだ
ろう。そうなるだけの衝撃があったという事実。

「おっきな地震だったね……」
「うん」

 えーいち朗は隣席の女子のぎこちない笑みに応える。すかさず教師の注意が飛ぶが、既に教室の緊張感は和ら
ぎつつあった。
 この後は、余震に警戒しつつ、整然と列になって安全な場所に避難することになるのだろう。そんな見通しを
立てることも容易い。

(……でも、ほんとに地震?)

 えーいち朗は漠然とした不安を覚えていた。
 むしろ、どうして誰もその可能性に言及しない?
 あるではないか、天災以外にも。
 ああ、そいつらは、忘れぬうちにやって来る!
 下界を震え上がらせる。いわば“悪夢の仕掛け人”。もっとも、ひとであるかは、大いに疑わしい。
 怪物。
 そう、彼らは、まぎれもない怪物だ。ここではないどこか、今ではないいつかに出現したという、人類に逆襲
するためにひとりでに動き出した機械仕掛けたちや、闘争本能と破壊衝動を存在証明とする生体兵器群、あるい
は地上に躰を求めた宇宙の虚ろなる騎士たちと同様に。
 半年もの長きに渡ってそれらを見続けてきたえーいち朗だ。
 異変を探して、机の下から外を覗き見た。どれほどの震度でも、それがただの地震であるならば、そうそう空
の様相は変わらぬはずだ。
 窓の外、ベランダの向こう側には、さっきまでと変わらぬ、青空が――

 ――いや。

 青空に浮いて、何か在る!
 あろうことか、それは“人影”だった。
 もはや何者と問うまでもない。
 逆光にいくらか黒ずみながらも、毒々しい紅白の段だら模様は一目瞭然。貌に塗りたくられたドーランは、陰
のために凄惨な蒼白を発していた。巨大生物の臓物のような唇がその中を伸縮する。見てくれだけの涙が、目許
に七色の光を添える。

「――ひッ!?」

 えーいち朗の全身の毛穴という毛穴が開いていた。
 悲鳴は消せたか? 分からない。
 ただ、もう声など発せられる気がしなかった。ただ恐ろしかった。恐ろしかった。

 ――ホホホホホホホホホホホホホホーッ!!

 極大の悪意の籠った哄笑が、ひとびとの心胆を寒からしめる。
 えーいち朗はもしやと思っていた。そして、やはりと思った。誰より正しくこの最悪の事態を予想していた。
 それでも、それがそこにいることに、ぞっとしないわけにはいかなかった。その姿には今や、誰であろうが戦
慄を禁じ得ない。
 出で立ちは“道化師”そのものだ。事実、彼は驚嘆すべき奇術の使い手だ。魔術といっても、あながち、間違
いでは。
 激しい踊りの一瞬を切り出したかのような大仰な体勢のまま微動だにせず、気球の緩やかさで降下していく。
道化師に足場など不要。万雷の喝采を浴びるためならば、空さえ飛んでみせることだろう。
 世界のみんなが覚えている。彼のことを。
 滑稽な愚者の演技で楽しませてもらった記憶? とんでもない!
 摩訶不思議な魔術にびっくりさせられた記憶? とんでもない!
 それは、刻みつけられた恐怖の記憶。脱線したジェットコースターに乗せられているよりもスリリングに、命
を脅かされたのだから!

(あいつは、ダークラウン!)

 あらゆる次元に通じるという狂宴の遊園地“超次元ワンダランド”、その経営に携わる大幹部ワンダラーズの
ひとり。
 今この刻に何をぞ企む? 闇の道化師、ダークラウン!

(早く、早く、ディム郎に知らせないと……)

 ただごとではない。えーいち朗は迷うことなく、机の中に忍ばせていたものを掴んだ。
 その名は“ディムコネクター”。手の平に納まるほどの大きさで、膨らんだ卵型をしているそれは、一見して
ごくありふれた防犯ブザーにしか見えない。しかし、その正体は、えーいち朗がディムロードから預かった、彼
と同じライトグリーンの通信端末だ。
 その性能をもってすれば、あらゆる隔たりを越えて想いは届く。声に出さずとも、強く念ずるだけでだ。だか
らダークラウンは気づかない。あるいは気づいていながら、人類何するものぞと高をくくるか。

(ディム郎っ!)

 えーいち朗は、助けを求めて心の声を張り上げた。いつも危機に際してそうしているように。その先に自分た
ちを待ち受ける運命など、知る由もなく――。

「ここが、“足らざる世界”の開放点」

 ところで、道化師は、運動場の中央を見ながら口の端を吊り上げていた。零れた独り言からは、いつものおど
けた調子が消えていた。土埃混じりの乾いた風だけがそれを知る。

「ズリグリー! 例のものを」

 ダークラウンの台詞に、再び校舎が揺さぶられる。先ほどのものよりも明らかに強い。
 生じた歪みのために、窓ガラスや蛍光灯が一斉に弾けた。誰もが上の階が落ちてこないことを祈りながら、机
の下から抜け出せないでいた。
 誰と問うのも詮ないほど多くの者達が、この世の終わりのような悲鳴を上げた。
 果たして、広い校庭に影を落とす巨体。その数、八、九、……いや、もっと多い!
 口ぐちに天上を驚かす咆哮を上げ、白昼に嵐の夜を演出する。
 腐りきった生肉を溶かしこんだゼリーのような、スライム状の巨大生物たちだ。異臭を訴え、えーいち朗の隣
の席の女子が喉だけでえずいた。
 ディムロードも手こずる難敵、ズリグリーの、“軍団”だった。未曾有の数。悪夢のような光景に、えーいち
朗は気を失いそうになる。
 そのうちの一体が、何か奇妙なものをごぽりと吐き出す。全長1メートルていど。平べったい前方後円型の金
属塊。まるで巨人の住み家の扉を閉ざす、“鍵”のような。

「ここに取り出しましたるは、ゲートを開く鍵の剣。その名も安易に“キーソード”。種や仕掛けはなきにしも
あらず。定めの座標に刺したなら、あーら不思議と扉が開く!」

 一体のズリグリーが、何やら怪しげな祭祀でも執り行うかのように、キーソードなるそれをうやうやしく空に
掲げた。

(だめだ、だめだ!)

 えーいち朗の心に焦燥が募っていく。
 子どもにだって分かる。ワンダラーズはこれから、ここで、あの鍵のようなものを使って、何かとんでもない
ことをしようとしている!

(止めなきゃ!)

 せめて、ディムロードが来るまで時間を稼がなくては!
 少年の使命感が、勇気に引火する。握り締めた手が震えている理由は、もはや恐怖ではなかった。
 心の中だけで担任の先生に謝り、周囲に目くばせでフォローを頼んで、こっそりと机の下を抜け出した。
 校庭に飛び出した頃には、えーいち朗の息はすっかり上がってしまっていた。声が出ないのは怖いからじゃな
いと、これを言い訳にしたい気分だった。

「おや、おや。これは坊ちゃんこんにちは」

 荒い呼吸音に気づいたダークラウンが、地を這う蛆虫を見るような目をえーいち朗に向けた。
 さらに、ここぞとばかりに視野を広くとり、大声を張り上げる。

「注目注目注目注目ッ! 当園自慢のアトラクション! 題しましては“狂言ヒーロー・ディムロード”! い
つも見に来てくれてるね! 声援感謝さスタッフ一同ッ!」

 どんなときでも、闇の道化は黒い噂の流布を忘れない。
 ときにマスメディアやサクラを利用するその情報工作の効果は絶大で、ディムロードの必死の戦いもすべて、
ひとびとには遊園地側の自作自演ということにされている。

「狂言だって……?」

 えーいち朗の声は、知らず低いものになっていた。
 汚名を着せられ、石もて追われ、ひとりぼっちで拳を握り締めていた英雄の後ろ姿を、えーいち朗は忘れない。
 だから、

「それは嘘だっ!!」

 えーいち朗は吼えた。
 少年の澄んだ眸には光があった。ダークラウンに対する恐怖を、激発した感情が凌駕したようだった。

「いい加減にしろよっ! ディムロードは正義の味方で、ヒーローで、友達でっ! だから、お前らなんかと、
いっしょにするなぁっ!」

 噛みつかんばかりの剣幕に、ダークラウンは仮面のような笑みを向けた。ひとを馬鹿にしきった表情の中には、
しかし微量に“面白くない”とでもいいたげな不快の色が含まれていた。

「坊ちゃん、ことわざをひとつ教えてあげましょう。“信ずるものは足元を掬われる”」

 いつものふざけた口調ではなかった。まるで狂気に侵されたような。

「賢者は立ち去り、覇者は興味すら抱かず、愚者は見ての通り嗤うのみ、残りはみぃんな恐怖に震える人間ばか
り。それが、何とも悲しくも可笑しい、この“足らざる世界”の法則であるのです」

 えーいち朗には、道化が何を言っているのか、ひとつも分からなかった。
 ただ、“賢者”“覇者”“愚者”という三つのことばだけは、何故だかひどく印象に焼きついた。

「いっそ、絶望するのもよいでしょう。せめてもの気晴らしには、ぜひとも当園をご利用くださ――」
『Form Change――DIM−LOAD!』
「い?」

 大いに語るダークラウンのことばは、しかし途中で遮られることになった。

「無事か、少年っ!」

 悪意を祓うように、大人びた声が勇壮に響く。
 えーいち朗が一番聞きたかった声。待ち侘びていた仲間が発する優しげ声だ。

「DDアタック……!」

 爆轟の勢いで急接近するDD51ディーゼル機関車の“ばけもの”。タイムラグも最小限に人型に変形、その
まま必殺技を発動。
 迎撃にずいと進み出たズリグリーのうち一体が砕けて散った。まるでウイルスに侵された細胞の末路を見るよ
う。掌から放出された“次元の歪みの力”の効果。
 明朗快活のライトグリーンを発して、機械仕掛けの巨人、ここに立つ。えーいち朗からの報に応じて駆けつけ
た正義のロボット、ディムロードだった。

「ディム郎っ!」

 喜色を浮かべるえーいち朗と対照的に、ダークラウンが瞼と口元を引き攣らせた。ただしそれは、いかにも芝
居掛かってわざとらしい。

「またまたお出ましお邪魔虫。今日も今日とてディムロード。およそ半年経ってまだフォルムチェンジじゃ芸が
ない、イメージチェンジが必要じゃ?」
「DD――」

 最優先で撃破すべきダークラウンは、既に間合いの内。ならば差し当たりズリグリーのごときに注意などして
いられない。
 チャンスだ。
 そう判断したディムロードは、ダークラウンに向かって爆発的に踏みこみ、――

「むっ!?」

 どうしたことか、そこで急制動を掛けていた。そうせずにはおれなかった。
 寸でのところでディムロードを押し止めた違和感は、捻じ曲がった空間が発する独特のパターン。だが、そん
なことがあり得るのか?
 それはディムロードのものと同じ。

 “次元の歪みの力”――!?

「こちらは手を変え品を変え、新戦力を投入さッ! しくじり?――NOッ! 出し惜しみ?――NOッ! 今
度ばかりは本気かも!」

 調子づいたダークラウンの声を、ディムロードは遠くに感じていた。探知と演算を司るあらゆる装置が、その
他の機能に障害を引き起こすほどに警鐘を鳴らす。
 それ以上は一歩たりとも進んではならない、さもなくば死あるのみ。
 冷たく、硬く、鋭い“何か”が、兆しもなくディムロード前方の空間に出現していたからだ。
 敢えて言うなら、それは剣だった。あまりに鋭利な黒の刃。
 心凍てつかせるその切っ先こそが、ディムロードの喉元に突きつけられた必殺の意志!

「――さあさ、それではご紹介ッ! ご喝采あれ彼こそが、ワンダラーズの愉快な仲間ッ、警備はお任せニュー
カマーッ!」

 正体は、負の漆黒に染まった航空機。
 翼胴一体の形状が特徴的な戦略偵察機SR−71“ブラックバード”に似ている。攻撃的なフォルムがそれを
魔剣の類いに見せ掛ける。

『Transformation――“STRADER”』

 電子音声。馴染み深いものより、重く低い。
 ディムロードの喉を刺す機首の、左半分が視界から消滅。動体視力の限界を越えた神速のため、消えたように
見えたのだ。
 残り半分でディムロードをその場に縫い止めたまま、それは機体のフレームを組み換えていた。
 あまりに早すぎたためにプロセスの全貌は不明。ただし、主翼の半ばに挟まれていたエンジンを脚とし、機首
を縦に割って巨大な手刀を宿した両腕としたことは確かだった。
 ディムロードが計測した体高は、23メートルを越える。
 流麗な戦略偵察機は、瞬きひとつのうちに二刀流の剣士となっていた。いいや、そんなまっとうなものか。そ
の実体は“殺し屋”だ。漆黒の全身から、赤い眼差しから、荒事を生業とする者特有の殺伐とした空気を噴き上
げていた。

「流れの傭兵、“ストレイダー”ッ!! 黒い翼のストレイダーッ!!」

 ダークラウンが、興奮を煽るように叫ぶ。
 語られた情報を解析する暇もなく。
 ディムロードの剛なる右腕がひと太刀に刎ねられ、宙を舞った。




              次回  『第二話 VS.ストレイダー/九大世界連結』

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