パーソンズ Talcott Parsons 1902‐79 アメリカの社会学者。第2次大戦後の世界の社会学界を一般理論の面でリードし,社会学の理論水準を飛躍的に高めた。 1902年コロラド州コロラド・スプリングズに生まれる。父は聖職者,英文学者でカレッジの学長も務めた人物であった。マサチューセッツ州アマースト大学を卒業後,ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスおよびハイデルベルク大学に留学し,ハイデルベルク大学で27年に学位を得た。同年ハーバード大学経済学部講師となり,31年社会学講座の創設にともない社会学講師に転じ助教授,准教授を経て,44年教授となり,72年に名誉教授となるまで45年間ハーバード大学の教壇にあった。72,73,78年の3度にわたって来日し,とくに78年の3度目の来日では関西学院大学で3ヵ月間講義を担当した。翌79年5月,ハイデルベルク大学から学位取得50周年記念講演に招聘(しようへい)され,講演をすませた翌日,ミュンヘンにおいて心臓疾患のため急逝した。 パーソンズの社会学理論は,〈行為の一般理論〉および〈社会システム理論〉という名によって体系化されており,方法論的には〈構造‐機能主義 structural‐functionalism〉として特徴づけられている。 パーソンズは1937年に800ページにのぼる大著《社会的行為の構造 The Structure of SocialAction》によって学界に登場した。彼は,19世紀以来のヨーロッパ思想史における人間行為についての見方を,(1)実証主義的行為理論,(2)功利主義的行為理論,(3)理念主義的行為理論の三つに分け,この3者の収斂(しゆうれん)する地点において一つの新しい総合的な行為理論を構想して,これを〈主意主義的行為理論 voluntaristictheory of action〉と名付けた。主意主義的行為理論は,極端な功利主義や極端な理念主義のいずれに偏することも避ける。これらのどれでもなく,しかも実証主義の要請を満たし,個人の行為を社会的全体の中に位置づけて解釈することができ,あわせて人間行為における超越的な理念の役割を説明概念の中に導入してくることのできるような社会学理論を求めること,これがパーソンズの全生涯を通じる基本テーマであった。1951年にパーソンズはやっとそのような立場に立った理論を構成し得たと信じ,これを《社会体系論 The SocialSystem》において提示した。社会システム理論の中心概念はいうまでもなくシステムであって,システムとはこの場合,社会的全体についての概念化である。社会を行為のシステムとしてみるという考え方は,おりから自然科学分野で発展をみたサイバネティックス,および一般システム理論からの影響を受けている。 行為システムは,パーソナリティ・システム,社会システム,文化システムという三つ(のちに行動有機体システムを加えて四つ)のそれぞれ結晶化の焦点を異にする独立のシステムから成る。パーソンズは,社会システムをパーソナリティ・システムの上位システムとみなす考え方を排除することによって,社会を個人の単なる総計とする方法的個人主義が従来陥ってきたジレンマを克服しようとした。また,パーソナリティ・システムと社会システムの外に文化システムを考えることによって,価値とか理念のような行為の目標が文化要素からくると説明し,〈目標のランダムネス〉に陥る功利主義のジレンマを克服し得るとした。 パーソンズは行為システムの機能的要件として,適応 adaptation,目標達成 goalattainment,統合 integration,潜在的パターンの維持 latentpattern maintenance の四つをあげ,これら四つをそれぞれ第1次的に受け持つサブ・システムをA 部門,G 部門,I 部門,L 部門と呼んだ(AGIL図式)。これら4部門のあいだには相互にインプットとアウトプットの交換(境界相互交換)が行われ,それらの交換におけるメディアとして貨幣,権力,影響力,価値コミットメントの四つがあげられる(メディア理論)。 社会変動は社会システムにとっての環境,すなわち物的環境,有機体システム,パーソナリティ・システム,文化システム,あるいは他の社会システムの変化に起因する外因性の均衡破壊,または社会システム内部における緊張の累積に起因する内因性の均衡破壊のいずれかによって起こる。社会進化とは,この構造変動が,社会システムの環境に対する適応能力を高める方向に進む場合の長期的な過程をいう。A,G,I,L の各サブ・システムは,A に近いほど物質およびエネルギー水準が高く,L に近いほど情報によるコントロール水準が高い(サイバネティック・コントロールの原理)。社会進化は社会システムが環境コントロールの能力を高めていく過程だから,社会システムよりもサイバネティック・ヒエラルヒーにおいて一段上位にある文化システムの変動に依存している。具体的には,科学・技術のイノベーションに由来する産業化が,ここで意味されている社会進化である。 このようなパーソンズ理論は,社会学の理論を一挙に革新して第2次大戦以後の新しい社会学の主流としての位置を占めただけでなく,政治学や経済学や心理学などの隣接する理論的諸科学,ならびに宗教や医療や教育や法など社会学にとっての外延的な諸研究分野に多大の影響を与えた。他面では彼の理論は,H. G. ブルーマーをはじめとする象徴的相互行為主義,A. シュッツをはじめとする現象学的社会学,T. W. アドルノをはじめとする批判的社会理論,R. ダーレンドルフをはじめとする闘争理論 conflict theory などによる批判的挑戦を受けつづけてきたが,これらの諸理論と構造‐機能主義が相容れないと考える必要は必ずしもなく,構造‐機能主義はそれらを摂取してみずからを高めていく可能性を残している。 富永 健一